2012年6月13日水曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(11) 「第14章 米国内版ショック療法 - バブル景気に沸くセキュリティー産業 -」(その七)

東京 江戸城(皇居)東御苑 2012-06-07
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ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(11)
 「第14章 米国内版ショック療法 - バブル景気に沸くセキュリティー産業 -」(その七)

対テロリズム・マーケット
セキュリティー・バブルの一番手、監視カメラ
「セキュリティー産業で最初のブームになったひとつが監視カメラだった。
イギリス国内には四二〇万台(国民一四人当たりに一台)、アメリカ国内には三〇〇〇万台の監視カメラが設置され、年間四〇億時間の映像が録画されている。
問題は、誰がこの膨大な四〇億時間もの映像をチェックするかだ。
そこで登場してきた次なるビジネスが、撮影映像をスキャンして記録ファイルと一致する顔があるかどうかをチェックする「分析ソフト」だった。」
(老舗の経営戦略コンサルタント会社プーズ・アレン・ハミルトンや大手軍事請負企業からなるコンソーシアムは、空軍と90億ドルの契約を結んだ)。


「次に登場してきたビジネス分野が、デジタル画像分析だった。
セリエント・スティルズ社は当初、メディア企業をターゲットに画像を拡大・鮮明化するソフトを販売していたが、もっと収益の期待できる取引相手が出現する。
それがFBIをはじめとする法執行機関だった。
こうしてさまざまな監視業務(電話記録から、通信傍受、取引状況、メール、監視カメラ映像、ネットサーフィン追跡に至るまで)の拡大に伴って、政府の抱えるデータは膨れ上がる一方となり、ここからまた情報管理やデータ解析、あるいは膨大な文字や数字を「すべて照査して」疑わしいものを突きとめると称するソフトなど、新たな巨大マーケットが生まれていった。」

大衆を監視する手段
「携帯電話やネットサーフィンは次第に独裁政権が大衆を監視するための強力な手段と化し、ヤフーが中国政府に協力して反体制分子の拠点を探し出したり、AT&TがNSAに協力して顧客の会話を無断で盗聴するなど、各国政府は民間電話会社やサーチエンジン企業から全面的協力を取りつけている(ブッシュ政権はすでに盗聴は中止したと主張している)。
国境なき未来はグローバリゼーションの輝かしいシンボルだったが、今やそれは光学式走査や生体認証、アメリカとメキシコ間の国境に配備するハイテク・フェンス設置計画(ボーイング社や他の企業グループが二五億ドルで受注)といった急成長を続ける国境監視産業に取って代わられてしまった。」

セキュリティとショッピング文化の結合という奇妙な現象
「「テロとの戦い」で活用されている生体認証、ビデオ監視装置、ネット追跡、データ解析といったテクノロジー(提供するのはヴェリント・システム・アンド・セイシスト、アクセンチュア、チョイスポイントなどの企業)は、9・11以前、小売業界向けに顧客構成を調査してマイクロマーケティングに役立てるために開発されたものだった。
さらにキャッシュカードと生体認証機能を合体することで、スーパーマーケットやショッピングモールの販売員を削減できるというメリットもあった。
だが、”ビッグ・ブラザー”〔ジョージ・オーウェルの小脱「一九八四年」に登場する監視国家の権力者〕的な監視装置に対する世の根強い抵抗にあって、これらの新技術の多くは途中で構想が行き詰まり、メーカーも小売業者も落胆していた。
ところが、9・11がその行き詰まりを打破する。一気に拡大したテロへの恐怖が、監視社会への恐怖にまさったからだ。
こうして、キャッシュカードや各種ポイントカードの情報は、旅行代理店やGAPにマーケティング・データとして売られるだけでなく、プリペイド携帯電話購入者や中東旅行者のデータから「疑わしい」人物を洗い出せるセキュリティー・データとしてFBIにも売ることが可能になった。」

頻発する誤認逮捕
「ビジネス誌『レッド・ヘリング』の記事は、嬉々とした調子でこう書く。
あるソフトは、「名前のスペルが一〇〇種類あろうと国内のセキュリティー・データベースから合致するものを割り出し、テロリストを追跡できる。ムハンマドという名前を例に取れば、この名前のありとあらゆるスペルを網羅しており、テラバイト容量のデータの中から瞬時に検索することが可能だ」。
どこかのムハンマド氏が誤認逮捕されない限りは素晴らしい技術と言えようが、実際にはイラクからアフガニスタン、トロント郊外に至るまで、誤認逮捕は頻発している。」


「イラクからニューオーリンズまで、不手際と強欲が横行したブッシュ政権時代、こうしたプロジェクトはじつに悲惨な事実誤認を招いた。・・・
今や監視リストに人名や団体名をインプットしたり、旅行客の名前をデータバンクと照合するのも民間企業が担当している。
二〇〇七年六月の時点で、国家テロ対策センターのリストにはテロリストの疑いのある人物がじっに五〇万人登録されている。
二〇〇六年一一月には、アメリカを通過する数千万人の旅行者をレベル別に「リスク評価」する自動ターゲッティング・システム(ATS)が導入された。・・・
「その旅行客の片道チケット購入歴、座席の好み、頻繁に訪れる渡航先、荷物の数、チケットの支払い方法、はては機内食で何を注文したかまで」に関して航空会社が提供する情報に基づいて、疑わしいとみなされる行動の数が集計され、各旅行客のリスクレベルがはじき出される

もし逮捕、拉致、拘束されたらどうなるか
「今や誰もが、顔認識ソフトの不鮮明な映像や、綴りの違う名前との照合や、会話を交わした際のささいな誤解といった当てにならない証拠を基に飛行機の搭乗を阻まれたり、アメリカへの入国ビザを拒否されたり、はたまた「敵性戦闘員」として逮捕される可能性がある。
もし逮捕された「敵性戦闘員」が米国市民でなければ、おそらくその本人は逮捕理由さえも知ることができない。
というのも、ブッシュ政権は被疑者から人身保護請求権のみならず、裁判所で証拠を目にする権利も、正当な裁判を受ける権利も、自らを弁護する権利も、すべて剥奪したからである。」


「もし容疑者がCIAの「超法規的強制逮捕」によってミラノの路上で拉致されるか、アメリカ国内の空港で拘束されるかして、世界各地にCIAが設置した秘密収容所「ブラックサイト」のどこかに連行される場合は、頭部をすっぽり覆われ、豪華などジネスジェット機として設計されたボーイング737を改造した輸送機に乗せられる可能性が高い
『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば、ボーイング社はこうした秘密輸送のために一二四五回に上る特別フライトを用意し、地上クルーの手配からホテルの予約まで行なって、さながら「CIAの旅行代理店」のような役割を果たしてきたという。
スペイン警察の調べによると、手配を担当したのはカリフォルニア州サンノゼに本社を置くボーイングの子会社イェッペセン・インターナショナル・トラベル・プランニングで、二〇〇七年五月、米国自由人権協会は同社に対して訴訟を起こした。同社は容疑を肯定も否認もしていない。」


「目的地に着くと容疑者は尋問を受けることになるが、尋問官はCIAや軍の人間ではなく、民間委託契約者の場合もある
諜報関連の求人サイトを運営するビル・ゴールデンによれば、「この分野で働く有資格の専門家の半数以上は民間契約者」だという。
これらフリー契約の尋問官が高収入の仕事を継続して受注するには、米政府の求める「起訴可能な情報」を容疑者から引き出す必要があり、それが虐待を生む温床となる。
拷問された者は通常、苦痛から逃れるためになんでも口にするし、尋問官のほうも経済的誘因から、ありとあらゆるテクニックを駆使して求められる情報を - 信憑性は度外視して - 引き出そうとする」

ローテク版のテロとの戦い:テロリストに関する情報提供者に大金を支払う
「アフガニスタン侵攻後、アメリカ諜報機関は、アルカイダまたはタリバン兵士を引き渡したら三〇〇〇ドルから二万五〇〇〇ドルの報奨金を支払うと発表した。
アフガニスタンで配布されたビラ(二〇〇二年にグアンタナモの拘束者数人が起こした裁判で証拠品として提出された)には「夢のような富と力を手に入れよう」といった文句が並んでいた。
「反タリバン勢力に協力すれば大金があなたのものに。(中略)家族や村、部族を生涯養えるほどの金額が手に入ります」
まもなく、アフガニスタンのバグラム米空軍基地やグアンタナモの収容所は、ヤギ飼いからタクシー運転手、コック、小売店主などであふれかえった。
金目当ての通告者から、他人の命を脅かす危険人物だとされた人々である。」

諜報活動の質の低下
「ペンタゴンの統計によれば、グアンタナモ基地に拘束された者のうち八六%が、報奨金の発表後にアフガニスタンもしくはパキスタンの戦闘員や諜報員によって引き渡された者だった。
二〇〇六年一二月の時点で、ペンタゴンは三六〇人をグアンタナモ基地から釈放したが、そのなかでAP通信が追跡調査した二四五人のうち二〇五人は祖国に戻って自由の身になるか、すべての嫌疑を解かれていることが判明した。
このことは、テロリストの識別に政府が市場方式を採用した結果、情報活動の質がいかに低下したかを如実に示している。」

セキュリティー産業の秘密主義
「セキュリティー産業とは、抑制のない警察権と抑制のない資本主義が、いわば秘密刑務所とショッピングモールが結びつくように合体した前代未聞の産業なのである。
セキュリティー上脅威とみなされる人物は誰かという情報が、誰がアマゾンで『ハリー・ポックー』の本を購入したか、誰がカリブ海クルーズやアラスカ・クルーズに参加したか、といった個人情報と同じように簡単に売買されるようになったとき、社会の価値観は大きく変化する。
スパイ活動や拷問や偽情報が横行するだけでなく、セキュリティー産業を生み出した恐怖感や危機感そのものを常態化させる強力な推進力が生まれるのだ。
歴史をふり返ると、フォード革命からITブームまで新たな経済が台頭したときには必ず、富の創出における劇的な変化が文化的存在としての人間の労働や移動のしかた、さらには脳が情報処理する方法にどんな影響を及ぼすかをめぐって、分析や議論が盛んに行なわれた。
ところが、新たに登場した惨事便乗経済については、そうした広範囲にわたる議論はいっさい見られない。・・・
取り上げられるのは個別の不当利得行為や汚職スキャンダル、あるいは政府の請負業者監督不行き届きなどに限定され、終わりのない戦争の完全民営化が持つ意味について、広い視点から深く議論されたことはほとんどないのが現状である。」


「今日、惨事便乗型産業複合体がITバブルに匹敵する富を築き上げていることは、ほとんど報道されない。
二〇〇六年の調査によれば、「「テロとの戦い」開始後、軍事請負企業上位三四社のCEOの平均収入は9・11以前の四年間と比べて倍増した」という。
二〇〇一年から二〇〇五年にかけて彼らの所得は平均一〇八%増加したのに対し、同時期のアメリカ大手企業CEOの所得の増加率は六%にとどまっている。」


「今やインターネット産業の収益レベルに達しようという惨事便乗産業だが、その秘密主義はCIAにもひけをとらない
惨事便乗型資本主義者たちはマスコミの注目を避け、これみよがしに富を見せびらかすこともしない。
セキュリティー産業の起業支援を行なっているチェサピーク・イノベーション・センター(CIC)のCEOジョン・エルストナーは、「対テロ産業の巨大化を喜んでいるわけではないが」と断わりながらも、「ビッグ・ビジネスが進行しているのはたしかであり、わが社もそのただなかにある」と話す。」

大企業と政府が結託して国民を管理するコーポラティズム
「クリントン政権で個人情報保護法顧問を務めたピーター・スワイヤーは、「テロとの戦い」のバブル景気は「情報収集力の強化という神聖なる使命を掲げる政府と、新しい市場を渇望するIT産業」という二つの力がひとつになった結果もたらされたと指摘する。
言い換えれば、これは大企業と政府が結託して強大な権力を築き、国民を管理しようというコーポラティズムにほかならないのだ。」
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