2012年10月27日土曜日

「朝日新聞」2012/10/25 「論壇時評」高橋源一郎 フタバから遠く 方舟の針路 人任せにしない

「朝日新聞」2012/10/25「論壇時評」高橋源一郎 
フタバから遠く 方舟の針路 人任せにしない


①映画「フタバから遠く離れて」(舩橋淳監督、2012年)
②舩橋淳『フタバから遠く離れて』(10月刊)
 映画「フタバから遠く離れて」は、東京電力福島第一原発5、6号機を抱える双葉町町民の「避難」の記録だ(①)。
原発事故によって福島の人たちの多くは避難生活を強いられた。
中でも、双葉町民は、遥か「遠く」、約200キロ離れた埼玉県の廃校にその居を移した。
それから1年半以上、いまも一部の人たちは、そこに住み続けている。
「難民」は「遠い」世界の出来事ではなく、ぼくたちの国の中に存在しているのだ。

 映画の登場人物の中でもっとも心をうつのは、井戸川克隆町長のように思えた。
最初は、政治家たちに「原発立地」の立場から弱々しくお願いするだけだった町長は、やがてこの国の正体に気づき、変貌していく。
同時に発売された単行本(②)の中で、長いインタビューに答え、こんな事態に陥ったのは、物事の隠蔽を可能にさせている国民性であると述べた町長は、最後「民主主義とは何か」という問いに、こう答える。

 「代務者、代議員にすべてを任せるのとは違うものと考えます。・・・任せられる者と任せる者との信頼関係の下に隠蔽や偽りがない代務を行うことを原則として、任せられた者は任せた者の意向を勝手にできない約束ができていることが大切です。・・・『信頼』に大きな権限を与え、代務者に資格基準を求め、品性、品格、正義がなければならない」

 故郷を失った、小さな、東北の町の長の口から、民主主義に関するもっとも深い考察が語られている。

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③古川美穂「協同ですすめる復旧復興」(世界11月号)
 古川美穂が紹介している岩手県宮古市の重茂(おもえ)漁業協同組合の歩みにも、ぼくは深い感銘を受けた(③)。
大震災で壊滅的な被害を受けた同漁協が、「どこよりも早く復興の狼煙(のろし)」をあげることができたのはなぜか。
津波からひと月もたたぬうちに開かれた全員協議会で、伊藤隆一組合長は、こう語った。

 「誰も経験したことのないこの津波、この被害を、みんなでどう乗り越えるのか。・・・今になっても政府は右往左往して何ら方針が出てこない。政府の決めるのを待っていたのではどうにもならない。この重茂の行くべき道をみんなで話し合って決めないと」

 組合長が提案したのは、本来一人一人が事業主である漁家たちに「残された船を漁協で管理して共同利用する。水揚げはプールして平等分配するという前代未聞の方法」だった。
そして、組合員たちは一つの異論もなく、それを受け入れたのだ。
なぜ、それが、すなわち「協同」が可能だったのか。
それは、沿岸漁民たちにはもともと「みんなで海を守るという『海の自治形態』」があるからだ。
彼らの「自分たちの権利を守るために人任せにせずに責任を負う」という考え方に、いまこそ耳をかたむけたい。

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④津田直則「モンドラゴン協同組合-連帯が築くもうひとつの経済体制」(同)
 津田直則が紹介しているスペインのモンドラゴン協同組合は総計250の様々な企業・組織の連合体だが、そこでは「連帯」の精神が重視されている(④)。
たとえば、給与の最低と最高の格差に制限を設けることで、「現場労働者と経営トップの連帯を示している」。

⑤特集「こうすれば、『社会』は変えられる。」(クーリエ・ジャポン11月号)
 「クーリエ・ジャポン」(⑤)は、同じくスペインで去年、オキュパイ・ウォールストリートに先駆けて起こった、市民の反格差の行動「15-M運動」が、次の段階に、既存の政治・経済システムとは違う独自のシステムの構築へ向かっていることを教えてくれる。
あるいは同じ号でとりあげている、インターネットとパソコンを駆使して、まったく新しい政治参加の方法を繰り広げ、支持を広げつつあるドイツの海賊党。
これらのグループに共通するのは、硬直した政治・経済システムに頼らず(人任せにせず)、自らの手でシステムを作ろうという意志だ。

⑥『ドイツ・フランス共通歴史教科書【現代史】』(08年)
 今月、論壇誌には「領土問題」に関する論考があふれた。
その中には、示唆に満ちたものも、感情を煽り立てるだけのものもあった。
そのどれかについて書きたいと思ったけれど、そのどれより鮮烈な印象を受けたものを、ぼくは読んだ。
『ドイツ・フランス共通歴史教科書』だ(⑥)。
かつて殺し合った二つの国の、双方の高校生に向けて執筆された、この現代史は、ドイツ語版もフランス語版も全く同じものになるよう作られた。

 表紙には2枚の写真が置かれている。
1枚は、1989年の「ベルリンの壁崩壊」であり、もう1枚は、1984年、第1次世界大戦でもっとも多くの戦死者を出した仏ヴェルダンで両大戦の死者に哀悼の意を表するために、固く手を握り合って立つ2国の首脳の姿だ。
その、まるで幼子のように無防備な姿を見せることのできる指導者を持つ、その国の人たちをぼく羨ましいと思った。
序文は、こういう。

 「フランスの青年もドイツの青年も、いまだかつてこれほどまでに相手国の歴史に目を向けたことはないであろう。さらにそれは開かれた地平へ、つまりヨーロッパ的、世界的視野へと向かっている。1945年以降の世界において、それ以外にどのような方向性があり得るだろうか?」

 ぼくは、この言葉を、この国の政治家におくりたい。
「日中共通歴史教科書」や「日韓共通歴史教科書」は、まだ「遠い」未来にしかなく、ぼくたちの生き死にに関わり、「近く」にあるべき政治・経済のシステムはいま「速く」に感じられる。
だが、それを「近く」にする戦いはもう始まっているのだ。

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論壇委員が選ぶ今月の3点


小熊英二=思想・歴史
・羽根次郎「尖閣問題に内在する法理的矛盾」(世界11月号)
・矢部武「アメリカの『意外に手厚い』生活保護制度」(g2 vol.11)
・田原総一朗「インタビュー今野晴貴『ブラック企業』の横行を許すな」(Voice11月号)

酒井啓子=外交
・ミラ・ラップフーパー「アメリカを悩ます日米同盟のジレンマ」(ニューズウィーク10月17日号)
・佐藤優「ルール変更を狙う中国の思惑」(中央公論11月号)
・朱建栄「中国側から見た『尖閣問題』」(世界11月号)

菅原琢=政治
・対談水野和夫・小林慶一郎「『70歳定年』で年金を救え」(文芸春秋11月号)
・大竹文雄「『わかりやすい』が政策を正当化?」(中央公論11月号)
・山形浩生「幸福度の政策的な追求は疑問」(Voice11月号)

浅野智史=メディア
・ブライアン・クリスチャン「THE A/B TEST」(WIRED vol.5)
・内橋克人「『社会変革の力』としての協同」(世界11月号)
・特集「こうすれば、『社会』は変えられる。」(クーリエ・ジャポン11月号)

平川秀幸=科学
・飯田哲也「新しい社会と政治に何が必要か」(世界11月号)
・星徹「『除染よりも移住費用を』国と行政に届かない被災者の声」(週刊金曜日10月12日号)
・笠潤平「日本の理科教育における原子力問題の今後の取り扱いについて」(科学10月号)

森達也=社会
・富坂聴「日中両国が心しておくべき大衆迎合外交の危険性」(クーリエ・ジャポン11月号)
・インタビュー慶田城用武「尖闇で何を慰めたのか」(朝日新聞10月3日付朝刊)
・古木杜恵「『たね蒔きジャーナル』はなぜ打ち切られたのか」(放送レポート11月号)
※敬称略、委員50音順

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担当記者が選ぶ注目の論点

社会変革のヒントを探る

 閉塞感漂う社会をどうつくり直すか。ヒントを探る論考が目立った。

 「クーリエ・ジャポン」は、「こうすれば、『社会』は変えられる。」と題した特集を組んだ。政治の透明性を求めるドイツの海賊党の動きやスペインで起きたミニ独立国家を模索する動きなどを取り上げた。多くは、インターネットを通じたネットワークを武器にしているのが特徴。政治の意味が変わり始めた芽生えにも見える。

 内橋克人「『社会変革の力』としての協同」(世界11月号)は、競争原理が支配的になりがちなグローバル化が進展するなか、利益でも地縁でもない結びつきの協同組合に注目する。「社会転換の力をどうつくっていくかという時に、運動性と事業性の両方が必須である」というのが理由だ。

 「文芸春秋11月号」は、2050年の日本の実像を占った。対談水野和夫・小林慶一郎「『70歳定年』で年金を救え」が、約1千兆円の国の借金について議論。削減の具体策として、マイナンバー制度の導入や資産課税の強化、同一労働同一賃金などの必要性を説いたうえで、「税制や社会保障制度の見直しだけでは、財政破綻は回避できても、国民生活が破綻します」(小林)と警鐘を鳴らす。

 社会を変えるための制度と言えば選挙だ。ジョシュア・デイヴィス「民意2・0」(WIRED vol.5)は「みんな」による投票という前提に対し、無作為抽出による少人数投票の利点を説く。民意とは何かを探るヒントになる。

 今月も、尖閣諸島や竹島を巡る論考が多かった。ミラ・ラップフーパー「アメリカを悩ます日米同盟のジレンマ」(ニューズウィーク10月17日号)は、冷戦期とは意味が違う日米同盟下で、尖閣諸島問題が米国からどうみえるかを読み解いた。

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