2012年10月8日月曜日

「中国の民意 一つじゃない」(ジャーナリスト・安替さんに聞く)

中国の民意 一つじゃない
ジャーナリスト・安替さんに聞く
「朝日新聞」2012年10月5日付け

尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐって、日本と中国の対立が続いている。中国各地に広がった反日デモは何だったのか。意思疎通の道はどこにあるのか。中国のオピニオンリーダーの一人、ジャーナリストの安替(アンティ)さん(37)に話を聞いた。

反日」と階級対立まざったデモ
日米、北京、台北で対話の場を

--- 今回の反日デモと2005年との違いは。

 「05年は大学生たちが中心だった。中国政府は、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りを阻むことを最大の目標に、彼らの素朴な愛国的な情熱を解き放った。今回の目標は『釣魚島』問題で中国の主張を通すこと。参加者は日本車も持っていないし、セブンイレブンやユニクロでいつも買い物するほどの収入は持たない人が中心だった」

 「むしろ、05年にデモに参加した多くの学生は卒業して働き始め、日本ブランドを買ったり、日本食を食べたりする『ミドルクラス』になりつつある。彼らは、暴徒化したデモ隊を怖がり、強く批判している」

 「ネット上では、暴徒化したデモ隊は『愛国賊』と呼ばれ激しく非難されている。中国人が作り、売り、運転する車を中国人が傷つけてどうする、と」

「毛」の激増に驚く

--- それにしても、デモで毛沢東の写真を掲げる姿が目立ちました。

 「『反日』と一種の階級対立がまじりあった複雑なデモだった。(共産党籍を剥奪された)薄熙来の支持団体らが掲げた『毛』の激増には、私を含めて多くの中国人がとても驚いた。毛も薄も『反日』や『釣魚島』と関係ない。深刻な貧富の格差を毛のやり方、つまり社会主義で解決すべきだと考える一派だ。政府が進める対外開放も売国だ、と批判する立場にいる」

春樹も読みたい

--- 日系工場に火をつけたり、店の商品を強奪したり。日本人は怒りとともにショックを受けました。

 「中国人にとってもショックだ。改革開放から30年余り過ぎても、これじゃ文化大革命の時のような野蛮さだ。いま自分が見ている中国社会とは違う、と」

 「中国はそもそも言論活動やデモが自由な国じゃない。政府が認めないとデモはできない。プラカードや横断幕も印刷できない。いつも禁じているのに『窓』があいたので、いろんな人が参加した。政府が『窓』を閉めたらやめたでしょ。ただ、政府が暴徒化を後押ししてはいないと思う。山東や湖南などデモに慣れていない地方都市は、警察の管理能力が低く、北京や上海のようにはデモ隊を抑えられなかったのだろう」

 「今回の『反日』は短い期間であおられた面もあり、『日本製品ボイコット』もそんなに長く続かな
いと思う。中国人だって、日本の漫画も村上春樹も読みたいし、おいしい日本食も食べたい」

--- 尖閣問題での対立を、中国の人々はどうみているのですか。

 「『暴力デモ』を批判する人でも、大部分は『釣魚島』は中国のものだ、と考えている。まして、『領土問題がない』という日本政府の立場にはあきれている。多くの知識人は『日本人は東京都知事が買うよりは日本政府が買うほうがコントロールできるから国有化した、と考えている』ことも知ったうえで、だ」

 「中国人は、誰が買おうと、周恩来や鄧小平以来、日本の政治家との間で『棚上げ』してきた『ステータスクオ(現状)』を日本は変えてしまったことを重くとらえている。中国としては、島は中国のものだ、と大きな声で言わざるをえなくなってしまった」

 「私が05年にこの島の問題の存在をブログに書いたとき、あまり反応はなかった。しかし、今は政府系だけでなく、政府に距離をおくリベラルなメディアや知識人も議論を始めた。知ってしまった。こうした中で『議論はない』と言い続ける日本政府の立場は、中国政府でなくても普通の中国人でも理解できない」

もっと耳傾けて

--- 相互に高まるナショナリズムは抑えられるでしょうか。中国政府は国際司法裁判所へ争いを持ち込みますか。

 「中国は領土問題を国際法廷には永遠に持ち込まないだろう。米国のように、大国は伝統的に国際的な組織に国内法をしぼられるのを嫌う。しかも、今の判事は日本人でしょう」

 「それよりも、米日と、北京、台北でリスクマネジメント(危機管理)をする対話の場を作ることが急
務。島の所属を決めるのではなく、事態を悪化させないために。ナショナリズムをこれ以上、お互いにエスカレートさせないために。中国には米国の介入を嫌う人もいるだろうが、現実的にいえば、彼らは当事者のひとりだ。ただ、これも、日本が議論があることを認めない限り、できない」

--- こうした対話を『民意』は支持しますか。

 「多くは受け入れるだろう。ただ、中国の『民意』は一つじゃないよ。保守派も改革派も常に存在する。日本がこれから中国と付き合うとき、自由や民主を目指す立場の中国の人々の声に、もっと耳を傾けてほしい。そうした民意は伝統的なメディアより、ネットの中や新しい雑誌などにある。そうした人々との対話を深めることは、日本の安全保障にもなると思う」

(聞き手・吉岡桂子
 撮影・佐渡多真亮子氏)

0 件のコメント: