東京 江戸城(皇居)東御苑 2012-06-07
*ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(16)
「序章 ブランク・イズ・ビューティフル
- 三〇年にわたる消去作業と世界の改変 -」(その5)
ショック療法の里帰り
9・11前のアメリカ
アメリカでは・・・。たしかにレーガンがその先駆けではあったが、それでもアメリカは福祉制度や社会保障、そして父母たちが存続を切望した公立学校制度 - フリードマンに言わせれば「社会主義的制度に執着したばかげた態度」 ー は廃止されることなく維持されてきた。
共和党が議会で多数派となった一九九五年、のちにジョージ・W・ブッシュ大統領のスピーチライターとなるカナダ出身のデイヴィッド・フラムは、いわゆるネオコンと称される新保守主義者の一人として、ショック療法スタイルの経済革命をアメリカにもたらそうと提唱した。
「私の考えはこうです。あっちを少し、こっちを少しと政府予算をカットする代わりに、一〇億ドル予算以下の三〇〇件の政策はこの夏のある日を境にいっせいに廃止する、と決めてしまえばいい。それだけ削減してもたいした違いはないかもしれない。でもその意味はとてつもなく大きい。やろうと思えば即実行できることです」
そのときにフラムがショック療法を実現できなかったのは、言うなればショック療法導入の足がかりとなる国内危機がアメリカに見当たらなかったからだ。
しかし、二〇〇一年に事情は一変する。9・11事件が起きたとき、ホワイトハウスにはドナルド・ラムズフェルド国防長官をはじめとするフリードマンの門下生がぞろぞろいた。
国民一同がショックのめまいに襲われるや、ブッシュ・チームは恐るべきスピードで事を運んだ。
・・・政府内の主要人物、およびラテンアメリカと東欧で惨事便乗型資本主義の手口を熟知してきた連中は、・・・。待ちわびていた惨事が起きるや、・・・ついにその日が来たことを確信する。
・・・9・11にも匹敵するこれらのショックの最初が、一九七三年九月一一日、ピノチェトが起こした軍事クーデターだった。そして二〇〇一年、奇しくも同じ九月一一日に、アメリカの大学で産声を上げワシントンの国際機関によってテコ入れされてきたイデオロギーが、いよいよアメリカ本国へ里帰りするチャンスが訪れたのだ。
9・11のショックの中で「惨事便乗型資本主義複合体」が出現する
ブッシュ政権は、国民を襲った恐怖をただちに利用した。「テロとの戦い」に乗り出しただけではなく、これをチャンスにほほ全面的に営利を目的とする一大産業を立ち上げ、低迷するアメリカ経済を活性化させたのである。
「惨事便乗型資本主義複合体」とでも呼ぶべきこの企ては、かつてドワイト・アイゼンハワー大統領が政権を去る際に懸念を表明した「軍産複合体」より、はるかに遠くまで触手を伸ばす。
これは公的な資金の提供を受けた民間企業があらゆるレベルで関与するグローバルな戦いであり、そこには祖国アメリカを永遠に守り、地球上の「悪」を一掃するという終わりなき責務が伴うのだ。
こうしてわずか数年のうちに惨事便乗型資本主義複合体は、テロとの戦いから国際平和維持活動、自治体の警備活動、頻発する自然災害の対処までと、次々に市場を広げていった。
複合体の中核をなす企業は、営利追求型の政府モデル ー 非常事態において著しく急速に発展する - を、日常的な国家機能にも定着させることを最終目標とする。
つまりは政府の民営化である。
政府の中枢部門や機密レベルの任務のアウトソーシング化が進む
惨事便乗型資本主義複合体をスタートさせるべく、ブッシュ政権は国民にその是非を問うことすらなしに、政府の中枢部門や機密レベルの任務のアウトソーシング化を着々と進めた。
それは兵士の保健医療サービスから、捕虜の尋問活動、国民の個人情報収集とその「データ解析」にまで及んでいく。
この終わりなき戦いにおける政府の役割とは、それら委託企業を管理することではなく、潤沢な資金を持つベンチャー投資家として複合体形成のために資金を提供しつつ、その新規事業の最大の顧客になることである。
事態がいかに変化したか、例としてここで三件の統計数字を挙げてみよう。
二〇〇三年にアメリカ政府が企業に発注したセキュリティー関連の契約件数は三五一二件だったのに対し、二〇〇六年八月までの一年一〇カ月間に国土安全保障省が発注した契約件数は一一万五〇〇〇件あまりと膨れ上がった。
二〇〇一年以前には取るに足りない規模だった「セキュリティー産業」は今や二〇〇〇億ドル規模の一大産業へと成長した。二〇〇六年、アメリカ政府が支払った国土安全保障費は、一世帯当たり平均で五四五ドルに上る。
しかもこの数字は、アメリカ国内での「テロとの戦い」に限られる。大金が動くのは国外の戦争においてである。イラク戦争のおかげで大儲けした兵器企業ばかりか、アメリカ軍部の維持そのものが今や世界でもっとも急成長するサービス経済のひとつとなった。・・・
戦争に利益追求のモデルが導入されたおかげで、今や米軍は戦地にバーガーキングとピザハットを引き連れて行き、イラクからグアンタナモ・ベイの”ミニ・シティー”に至る各米軍基地内に、兵士向けサービスとしてフランチャイズ店を出店する契約を結んでいる。
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