2016年5月22日日曜日

制限ない「首相の解散権」時代遅れ 政局判断での総選挙 落ち着いて政策に取り組めぬ (野中尚人 『朝日新聞』2016-05-13)

『朝日新聞』2016-05-13
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異議あり
制限ない「首相の解散権」時代遅れ 
     政局判断での総選挙 落ち着いて政策に取り組めぬ
統治システムを憂える政治学者 野中尚人さん(58)
(『朝日新聞』2016-05-13)

 1958年高知県生まれ。学習院大学教授。現代日本政治、比較政治が専門で、著書に「自民党政治の終わり」「さらばガラパゴス政治」。政策会議について近く出版する予定。今年度は欧州に研究の拠点を移している。

 「伝家の宝刀」を抜くや、いなや - 。首相が衆院を解散する権限は、参院選との同日選の可能性などともからみ、いつの世も関心事だった。しかし、この「不意打ち」は国民に広く悪影響を及ぼすもので、欧州では解散の権限を縛る流れが定着してきたと、政治学者の野中尚人さんは唱えている。何がどう、問題なのだろう。

- 首相が衆院をいつ解散するのか、しないのか。歴史を振り返っても、常に人々の注目を集めてきた問題です。

「首相1人がいつでも衆院議員全員をクビにできるとみなされているようですね。慣行の積み重ねの結果ですが、考え直すべき時期です。無制限な解散権は今や時代遅れになっており、国民に深刻な悪影響をもたらすだけだと考えられています」

- 「解散で民意を問う」のはいけないことですか。

「そもそも解散とは何でしょう? 中世ヨーロッパで議会と国王が対立した際、国王が気に入らない議会を解散したのが起源でした。18世紀以降に議院内閣制が形成されるにつれて、政府の運営には次第に議会多数派との信頼関係が必要になっていきました」

「ところが、重大な問題が生じて議会多数派と政府との合意が崩れたり、議会多数派が割れてしまったり、単純に政府が議会多数派の信任を失ってしまう可能性もあります。こういう事態に際し、政府と議会との間の対立を解消させるために改めて国民に判断をゆだねるのが解散です」

- 議会制民主主義の基本的な仕組みですね。

「ふまえておくべきなのは、いまや主要先進国は解散権を制約し、ほぼ使えないようにしているという民主主義の潮流です。例えば、日本では何かとお手本とすることの多い英国を見てみましょう。歴史的な経緯もあって、日本と並んで、首相に強い解散権が残されてきた例外的な国として知られていましたが、2011年に、議会が内閣不信任した時以外にはほぼ解散ができないとする法律が成立しました。ヨーロッパでは、政府の最高責任者がいつでも議会を解散できる有力国は限られるようになっています」

■     ■

- なぜ各国は解散権を縛るようになったのでしょう。

「根底には、政治エリートが勝手なことをやるのは慎むべきだという考えがあります。そして、政府には有権者との約束実現にじっくり取り組ませることが重要だと。任期が4年なら、4年でやるという公約、マニフェストあるいは基本方針を有権者に示して選挙を戦い、与えられた任期で実行する。任期中にできたこと、できなかったことをもとに次の選挙を戦うサイクルを重視しているからです」

「日本でも、衆議院によって内閣が不信任され、内閣総辞職を避ける場合には、憲法69条による解散が可能ですが、これは他の主要国でも依然認められている解散に近いものです」

「しかし問題なのは、憲法7条を根拠とする解散です。内閣の助言と承認があれば天皇の国事行為としていつでも解散できるとされ、首相1人がだれにも邪魔されずに解散について判断できるという解釈につながっています。世論調査などが発達した現代では、いつ衆院選を行えばどの党にとって有利かをかなりの程度まで予測することが可能です。首相は自らに最も有利な選挙のタイミングを選ぶことができるのです」

「首相は解散をちらつかせて、野党ににらみをきかせるだけではなく、政府・与党内の求心力を保とうとします。日本では衆院選だけでなく、参院選、政党の総裁や代表の選挙も首相の進退にかかわるので、政局を次々と仕掛けてばくち的な勝負事に打って出ながら政権運営しなければなりません。だから、落ち着いて政策に取り組むのが難しいのです。逆説的ですが、日本の首相は内閣や国会でほとんど正式な権能を持たない『弱い首相』の典型自由な解散権という残された武器で何とか頑張ろうとするわけです」

- とはいえ、憲法で認められているとの解釈があるわけですよね。

「憲法は明示的に恣意的な解散をやるなとは書いていないし、明示的にどんな解散もできるとも書いていません。しかし、だからといって、憲法が改正されない限り、首相が解散するのを止める方法はないというのは誤りです。責任ある政党の間で、任期満了まで、不信任にならない限り衆院を解散しないことに合意すればいいのです。つまり政治的な知恵の問題です」

「ヨーロッパの主要国は、政治家、官僚を問わず、統治のシステムをよりよいものにしようと常に工夫し、努力しています。日本は、明治維新の後には伊藤博文らが必死に政治制度を研究しました。いまはどうでしょう。政治の仕組みとしては非常に特異な進化を遂げた、あるいは進化を止めてしまったのではないかと感じています。これを私は政治の『ガラパゴス化』と表現しています」

「フランスの政府高官から『各国と行政の組織や運営について意見交換をしているが、日本からだけはまったくコンタクトがない。どういうわけか』と質問されました。政治家や政府高官たちは、諸外国の統治の仕組みがいまどうなっているか勉強しているでしょうか。私はだいぶん懐疑的に思っています」

■     ■

- 解散権のひずみは、私たちの現実の暮らしと関係あるのでしょうか。

「政局判断で解散が行われ続ける限り、総選挙の果たす役割はどうしても限定されてしまいます。短い周期の解散はつまりリーダーシップや意思決定の仕組みが弱いことの結果ですが、そのために国民はいつも『不意打ち』を受けることになります。しかも、国民や野党だけでなく与党までもが不意打ちで右往左往しているのが現状のようです」

「極めつきは、現状の経済政策、特に金融緩和でしょう。『景気回復にはこの方法しかない』とアベノミクスを掲げ、成果を強調しています。しかし、その裏でこれからの政策は、巨大な財政赤字と人口減少・老齢化という条件の下で、将来どれだけのコストがかかるか、後の世代にどのようなリスクがあるのかをほとんど説明していません。衆院選という国民との対話の機会が、閉じたものになっているというべきかもしれません。加えて与党も不意打ちを受けているせいか、内部でもまともな検討・議論がされていないようにみえます」

-「解散についてはウソをついてもよい」と永田町では言われているようです。

「サプライズ効果を重視するからなんでしょうが、ひどい話ですね。メディアの責任も重大です。ある新聞社の幹部の方が『やっぱり解散がないと商売あがったりなんだよな』と話していました。正直な感想なのでしょうが『首相の大権』『首相の専権事項』などと無批判に報道し続けるのは問題だと思います。『だまし討ち』を肯定する政治手法で国民がどれだけ被害を受けているのかをしっかり受け止めてほしいです」

■任期満了は1度だけ

現憲法下で衆院議員が任期を満了したのは1976年12月の三木武夫内閣時だけだ。それ以外はいずれも、任期途中での解散を受けて選挙になった。

このうち憲法69条に規定されている内閣不信任決議案が可決した後の解散は、吉田茂内閣の48年、53年、大平正芳内閣の80年、宮沢喜一内閣の93年と計4回だけ。圧倒的多数の19回が69条を根拠としない解散で、7条解散とも呼ばれている。

いわゆる7条解散をめぐっては、吉田内閣による48年の解散時、連合国軍総司令部(GHQ)が69条解散以外は認められないとの立場だったため、与野党で話し合い、内閣不信任案を可決した上で解散した。しかし、52年に吉田内閣が初めて、69条によらない「抜き打ち解散」を行った。これを違憲とする訴訟(苫米地訴訟)が起きたが、最高裁は60年に「高度に政治性のある国家行為」だとして判断を避けた。統治行為論を認めた判例とされている。

80年と86年には、解散により衆参同日選挙が行われた。

■取材を終えて

20年以上前、首相官邸の担当になった初日に、解散の詔書を包む「紫の袱紗」のことをいつも考えるよう指示された。首相が解散についてどう考えているのか探るのは政治報道の重いテーマだが、その前提として、「首相はいつでも解散できる」ことが議会制民主主義の普遍的なスペックだと思い込んでいた。解散については首相のウソも許されるといった「常識」にどっぷりつかっていたことを恥じるしかない。
(池田伸壹)






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