特集ワイド:橋下氏、大阪府知事3年10カ月、大阪市長11カ月 「弱者切り」と言われてもしょうがない
毎日新聞 2012年11月08日 東京夕刊
◇「財政改革」掲げた補助金カット/存続がおびやかされる/高齢者、子どもの居場所−−橋下氏の足もとで起きていること
「第三極の結集」「石原新党との連携」などなど、「日本維新の会」代表である橋下徹・大阪市長の国政進出を巡る話題が尽きない。だが、現在の本業である首長としてはどうなのか。「橋下市長の足もと」で何が起きているのか。足を運んでみた。【江畑佳明】
08年2月から大阪府知事を3年10カ月、大阪市長になってからもほぼ1年が過ぎた。
大阪府南部、関西空港に程近い和泉市。古い民家が建ち並ぶ住宅街の中に、高齢者が集う通所施設「すみれ荘」があった。築30年はあろうかという木造平屋建て。中では利用者が体操をしていた。
「いち、にい、さん。手を伸ばして」。DVDの映像に合わせて手足を動かす。その後は、お茶とよもやま話。最高齢だという女性(94)は「私、ここでみんなでおしゃべりするから長生きできますんや。ありがたいことですわ」。その笑顔に、「すみれ荘」を運営する権田(ごんだ)千春さん(63)は満足そうに目を細めた。
この「すみれ荘」には80〜90歳代の高齢者約30人が通う。歌や裁縫など日常活動に加え、花見や新年会などのイベントもある。1日の利用料は1000円だ。
以前は、大阪府の補助金事業「街かどデイハウス」の対象だった。「街デイ」は1998年にスタートした大阪独自のサービス。介護保険制度を利用していない65歳以上の人向けサービスで、足腰の強化のほか、ぼけや孤独死予防の目的で始まった。いわば、介護保険の利用者にならないで元気に過ごしてもらうための施策。NPO法人など民間団体が実施している。
それが、である。大阪府からの支援が減額され、存続の危機だという。
橋下氏は知事就任後、財政危機を宣言し、財政改革に着手。教育、福祉、文化など幅広い分野で3000億円以上の削減を断行した。
「街デイ」1カ所あたりでは、当初は補助金上限600万円(府75%、市町村25%)だったが、09年度から同300万円(府50%、市町村50%)、11年度以降は「地域福祉・子育て支援交付金」から交付金として拠出されることになった。その結果、「すみれ荘」では600万円あった公的援助が今年度は240万円(府90万、市150万)に。1月あたり20万円だが、支出は家賃7万円、光熱費2万円、人件費(正社員2、パート5)35〜40万円。赤字は20万円以上で、権田さんの持ち出しでしのいでいる。
和泉市の担当者は「街デイは高齢者の自立を考えると重要な事業。府の減少分を市で出したいが、財政事情が厳しく、難しい」と頭を抱える。
権田さんは「街デイ」の事業者団体の代表も務める。補助金廃止反対の署名約5万人分を集め、橋下氏にも直接現状を訴えた。「あれから4年が過ぎて、街デイをやめた方もいるし、『利用者を思えば、やめるにやめられない』という相談も受けています」。府内(政令市、中核市を除く)で最大137あったが、昨年度は109に減った。
「大阪府の財政状況が厳しいのは分かるが、資金面を個人でやりくりするには限界がある。このままでは街デイはさらに減少する。そうなれば、高齢者の居場所がなくなってしまう。介護保険を使わないで済むようにできる施設なのに」と訴えた。
団塊世代が高齢化を迎えつつある今、「街デイ」の重要性はさらに増しているように思えるのだが。
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橋下知事が市長に転身して以降、やはり「居場所」が壊されそうな事例がある。
大阪市西成区萩之茶屋。日雇い労働者が各地から集まるいわゆる「あいりん地区」だ。「一泊1000円」と書かれた簡易宿泊所の看板が並び、ダンボールの山などをリヤカーで引く男性が行き交う。
そのあいりん地区にあるのが民間施設「こどもの里」。午後4時過ぎ「ただいま!」という元気な声とともに、ランドセルを背負った子どもたちが入ってきた。宿題をしたり、おやつを食べたり、大広間でスタッフとはしゃぎ回ったり……。中にはスタッフを「お母さーん」と呼ぶ子も。
「こどもの里」は、0歳から18歳まで誰でも来られる子どもたちの居場所だ。1977年に開所し、現在は近所の児童ら約100人が利用登録している。おやつ代など実費はかかるが、利用料は無料だ。
「こどもの里」は、大阪市が実施する「子どもの家事業」として補助金を受けている。子どもの家は市内に28カ所あり、登録者は今年4月時点で約1800人。
これまでは1施設につき年間約450万円が補助されていた。しかし、橋下市長が5月に打ち出した市政改革プランで、2014年度から子どもの家を、1月あたり平均約2万円の利用料が必要な学童保育にすることが決まった。これにより市の事業費は6700万円削減でき、補助金は半額程度になる見込みだ。
橋下市長は「同じような事業なのに(無料なものと有料があり)不公平。補助金制度としておかしい」と理由を語る。
とはいえ、子どもの家は、生活保護受給世帯が比較的多い地域で利用されている実態もある。こどもの里館長の荘保共子(しょうほともこ)さん(65)はここに自らも住み込み、35年間も子どもたちを見つめてきた。「母子家庭だったり、親がアルコール依存症だったり、育児放棄や虐待を受けている子も少なくない。学童保育と同様に利用料を取るとなれば、来たくても来られない子が多くなってしまう」と反論する。
ふと、玄関に数枚の写真が飾られていたことを思い出し、誰の写真か尋ねてみた。「踏切で列車にはねられたり、虐待を受けたりして亡くなった子どもたちです。みんなここに通っていました」
荘保さんは「こういう地道な活動って目に見える大きな成果が出るわけではない。だからといって行政改革の名の下にカットしていいのでしょうか。たとえ補助金がなくなっても、私はやめませんよ。いや、やめられません」と静かに、強い口調で語った。
大阪は弱者に優しい都市ではなくなりつつあるようだ。
長年、市民オンブズマンとして府、市の行政監視を続けてきた弁護士の辻公雄さん(71)は「公務員の背筋を正したのは橋下さんのひとつの功績。しかし、弱者の立場に配慮するのが行政の基本的な役割だ。ここまで弱者に思い至らない自治体は、これまでなかったのでは」と語る。
解散総選挙の後、万一、日本維新の会の政策が実現するような事態になったら、全国で「弱者切り」が行われるのかもしれない。
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