2013年2月11日月曜日

女子柔道問題:筑波大大学院准教授、元世界王者・山口香さんインタビュー(朝日、毎日)









「朝日新聞」2月7日
15人の告発
敬意なき指導者
人磨く「道」どこへ
暴力は言語道断

誰のための柔道か
彼女らは気づいた
自立を助けたい
筑波大大学院准教授、元世界王者・山口香さんインタビュー

選手15人が女子日本代表監督らの暴力・ハラスメント行為を告発し、混乱が続く柔道界。
筑波大大学院准教授の山口香さんは、悩める選手たちの相談役となり、訴えに出る行動を後押しした。
なぜ、こんな事態を招いたのか。
日本の女子柔道の創生期をリードした「女三四郎」が、告発の背景や柔道界が抱える課題を率直に語った。

---今回の告発にどう関わっていたのですか。

 昨年9月、園田隆二前監督が暴力行為をしていたと、私自身、耳にしました。
個人的に何人かの選手に話を聞いて事実を確認し、全日本柔道連盟の幹部に伝えました。
まずはきちんと調べて、広く選手に聞き取りをして下さいとお願いした。
ちょうどロンドン五輪の検証をする時期でもあり、この際だから調査した上で次の体制を決めるべきでしょう。
ところが全柔連は園田前監督にだけ話を聞き、厳重注意の処分にした。
こういう問題は、片方だけを調べて終わるものではないはずです

---被害を受けた選手にも話を聞いて謝罪したと聞いていますが。

 その後、ようやく選手のもとに全柔連の幹部が行った。
私は1人で対応しない方がいい、できれば所属先の指導者に同席してもらいなさいと助言しました。

 ところが、その後も園田前監督が被害者に心ない態度をとった。
彼女が頑張った試合の後、『おれが厳しく指導してきたことが今回につながったんだ』というようなことを言ったというんです。

---本当にそんなことを?

 複数の選手がその場にいたから間違いありません。
私は再び全柔連幹部に電話を入れました。これが反省した態度ですか、何を厳重注意したんですか、と。

 私は女子柔道家として、日本代表でナショナルフラッグを背負う選手に、そういう態度をとることは絶対に許せません。
まして言動を注意された後にみんなの前で暴力を肯定するようなことを言うなんて言語道断。
日本の女子柔道が長い時間をかけて強くなってきたのは、選手一人ひとりが力を合わせて切り開いてきたからです。
決して暴力的な指導をしたからではない。

---それでも全柔連は監督を続投させましたね。

 園田前監督は情熱があり、指導力もあるかもしれません。
だけど国を代表する選手に対するリスペクトがなかった。
続投は昨年11月に発表されたんですが、もっと後でよかった。
選手の話に真摯に耳を傾け、手順を踏んで、選手が納得してから発表するべきでした。

 ■   ■

---それで次の一手が、12月の選手たちによるJOCへの告発だったのですか。

 私もいろいろ考えました。
相談してくれた選手には『こういう結果になって申し訳ない。私の力がなかった』と謝りました。
そして『申し訳ないが、ここから先は私ができることじゃない』と話しました。
私が何を言っても、私の意見としか受け止められない。
私と全柔連という対決の構図になり、問題の本質がずれてしまう。
山口に対する対処をされてしまうと思いました。

 私は選手に言いました。
『ここからはあなたたち自身でやりなさい』と。さらに『あなたたちは何のために柔道をやってきたの。私は強い者に立ち向かう気持ちを持てるように、自立した女性になるために柔道をやってきた』という話もしました」

---突き放したわけですね。

 悪い言い方をすれば、選手たちはここまで我慢してしまった。
声をあげられなかった。
『こんなひどいことが行われてきたのに、誰にも相談せず、コーチにも言えず、がっかりしている』とも話しました。

---厳しい意見ですね。

 私はもう助けられない。
だから自分たちで考えて、と。
そこからは私は直接的には関与していません。

---そこで選手たちが考えたのがJOCへの訴えということですか。

 そうです。
彼女たちの行動には賛否両論あると思いますが、彼女たち自身が起こしたものであるとはっきり言いたい。
声明文にもあるように、彼女たちは気づいたんです。
何のために柔道をやり、何のために五輪を目指すのか。
『気づき』です。
監督に言われ、やらされて、ということでいいのか。
それは違うと。

 私は今回のことで一番重要だったのは、ここだと思います。
体罰にも関わりますが、体罰を受けている選手はその中に入ってしまうと、まひしてしまう。
自分のプラスになっているんじゃないか、先生は自分のことを思ってやってくれている。
そんな考えに陥りがちなんです。

 ■   ■

---暴力については批判して当然ですが、体制変更まで求めるのは選手がわがままという声もあります。

 15人が名前を公表していないので、負け惜しみと受けとる人もいるでしょう。
名前を明かすことはできませんが、五輪に出た選手もいます。
代表を勝ち取った、つまり勝者なんです。
みんなで切磋琢磨し、励まし合って4年間を乗り切ったんです。
選手たちは言っています。
『だから勝ちたかった』『メダルを取りたかった』と。
全員で好成績をあげて、声をあげたかったと。
私たちが抱えてきたものを次の世代に残さないためにメダルが欲しかったと。

---ロンドンの女子柔道は大変な戦いだったということですね。

 今回の告発とは関係ありませんが、松本薫が金メダルをとった時、最初に『(メダルを逃した)福見友子さん、中村美里さんが頑張れと言ってくれた。私がとったのではなく、チームでとれたんです』と言った。
このコメントですよ。
もっといい環境で五輪に臨ませてあげたかったという思いはありますが、人生においては、15人はかけがえのない仲間を得て、勇気を持って動いたことを誇りに思ってもらいたいです。

---その思いを今度は全柔連が受け止めないといけません。

 ここからが私たちの仕事だと思っています。
時間がたつにつれ、彼女たちのことを『何様なんだ』と言う人たちが必ず出てきます。
今度は私たちが矢面に立って守ってあげなきゃいけない。
柔道界をあげてサポートするという姿勢が大切です。
訴えたことが悪いんじゃない。
問題をすりかえてはいけません。

 私は選手が自発的に起こした行動を見守り、自立するのを待っててあげたいという気持ちです。
選手の自立を助ける。
それがスポーツでしょう。
選手は臆せず意見をはっきり言える人間に成長しているんです。

 ■   ■

---柔道界では最近、学校での死亡事故の多さも問題視されています。体罰問題も含め、行き過ぎた指導が根本にあるように思います。

 柔道はもともと相手を倒す戦闘目的のものでした。
いわゆる柔術ですね。
ところが柔道の創始者、嘉納治五郎師範はそこに疑問を持ち、指導方法を体系化して安全に学べるものにしました。
強くなるには『術』が大事だが、それが目的ではない。
その術を覚える過程で、自分という人間を磨く大切さを説いた。
だから『道』になったんです。
園田前監督らは金メダルを取らせないといけないという重圧から、戦闘目的の『術』に戻ってしまった。
人間教育がどこかにいってしまったんです。

 嘉納師範亡き後、指導者たちはその理念を勝手に解釈するようになったのでしょう。
柔道が国際化し、JUDOになって大事なものが失われたと語る日本の柔道家は多い。
違うと思う。
嘉納師範は柔道の修行として『形』『乱取り』『講義』『問答』の四つをあげています。
後ろの二つを一部の日本人が省略し、柔道の姿を変えてしまったんです。

---柔道界の再生へ向けて必要なことは何でしょうか。

 まず全柔連の理事に女性がいないと指摘されていますよね。
ダイバーシティーという言葉がありますが、いまは多様化の時代です。
いろんな視点が必要で女性もその一つ。
外部から女性理事に入ってもらってもいい。
柔道界の中で顔を浮かべるから、この人じゃダメだとなる。
元バレー選手、元サッカー選手でもいい。コーチに外国人を採用してもいいでしょう。


 柔道界は強い者が絶対という思想があります。
柔道家同士だと『お前弱かったのに』というような部分がどうしてもある。
先輩後輩という関係もつきまとう。
でも、本当に柔道を愛しているのは、強くなくてもずっと続けた人だと思うんです。
そういう人を尊敬し、適材適所で力を発揮してもらう。
キーワードは『リスペクト』と『オープンマインド』。
強い弱いを越えて相手を尊敬し、広く開かれた組織になって多種多様な意見を取り入れる。
そこから始めることが大切です」
 (聞き手・安藤嘉浩)
     *
やまぐちかおり:
 64年生まれ。84年世界選手権優勝、88年ソウル五輪銅メダル(公開競技)。筑波大柔道部女子監督、全日本柔道連盟女子強化コーチを歴任。

 ◆キーワード

 <柔道の暴力・パワハラ問題> 
柔道女子日本代表の園田隆二前監督やコーチが、選手に対して暴力やパワーハラスメント行為をしていたとして、女子トップ選手15人が昨年12月、日本オリンピック委員会(JOC)に告発。今年1月、明るみに出て、責任を取って園田前監督、吉村和郎全柔連強化担当理事、徳野和彦コーチが辞任した。JOCは選手のヒアリングをすることを決めた。







毎日JP
告発の真相:女子柔道暴力問題 山口香・JOC理事に聞く/上 特定の選手、見せしめ
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 ◇対応鈍い全柔連…もともと彼らの中では軽い問題

 柔道全日本女子の15人が告発した暴力、パワーハラスメント問題。選手から相談を受け、告発を後押しした柔道日本女子初の世界王者で、日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香・筑波大大学院准教授(48)が毎日新聞のインタビューに応じた。問題の真相、柔道界が抱える課題とは。2回にわたって紹介する。【聞き手・藤野智成】

 −−選手の告発をサポートすることになった経緯は。

 ◆サポートではなく、最初に全日本柔道連盟(全柔連)に訴えたのは私です。ロンドン五輪も終わった(12年)9月の終わり。何人かの女子選手との雑談の中で体罰が話題に上がった際、ある選手が「ナショナルチームでもあるよね」って。話を聞き出すと、園田隆二・女子監督(当時)の代表合宿での暴力やパワハラの話が出てきました。暴力の標的として、声を上げるのが苦手な一人の選手の名が挙がりました。他の選手や周辺のコーチに確かめると、おおむね同じ答えが返ってきました。程度の問題もあるので、男性コーチに問うと「ボコボコ」という表現を使った。これは手ではたいた程度の話ではない、暴力だろうと考え、すぐに全柔連幹部に伝えました。

 −−全柔連の対応は。

 ◆全柔連は園田監督に事実を確認し、園田監督は暴力を認めました。幹部は被害を受けた女子選手からも聞き取りし、謝罪しました。しかし、その後の海外遠征の時です。園田監督は集合の際、その選手に「何か文句があるのか」と言い、その選手が試合で好成績を出すと、皆の前で「勝てたのは、厳しく指導したからだ」というような話をしたと、選手たちから聞きました。

 −−再び全柔連に抗議を?

 ◆私には女子柔道が恵まれない時期から取り組んできた自負がある。殴らなくては強くならないなんて、ふざけるなと思いました。女子選手がこんなふうに扱われるのが許せませんでした。16年リオデジャネイロ五輪に向けた新体制の人選の時期であり、園田監督の交代を訴えました。でも幹部の回答は「園田には情熱がある、指導力がある」。そのまま全柔連は11月5日に園田監督続投を発表しました。

 −−そして告発へ。

 ◆私がいくら訴えても全柔連は、私を納得させようとするばかりで、事態は動かない。仮に私が騒いで、監督を交代させられても、そこに何の意味があるのかと思いました。選手はまた同じような目に遭った時、また泣きつくのか、と。「あなたたちで声を上げるしかない。でなければ、抑止力にならない」と伝えました。私が全柔連と激しくやり合うのを見る中で、彼女たちは変わってきました。他人でもこんなに怒るんだ、と。特定の選手が見せしめのように殴られ、空気が張り詰め、周囲の選手も見ているだけ。ビクビクして監督の顔色をうかがう。ある選手は「我慢しなくてはいけない、文句を言ってはいけないと、まひしていました」と言いました。そして、告発を決断したのです。

 −−全柔連の対応が鈍かったのが、事態を重くした。

 ◆全柔連は事態を隠蔽(いんぺい)したわけでも、軽く扱おうとしたわけでもないと思います。もともと彼らの中では、軽い問題なのです。園田監督が「(現役時代、指導者に)たたかれたことがあるが、体罰と思ったことはない」と記者会見で語ったように、殴られることは当たり前なのです。今も「世界に出て行くんだから、当たり前だろ。何を騒いでいるんだ」と考えている人は少なくないでしょう。

 −−全柔連の指導者3人が辞任した今の15人の心境は?

 ◆彼女たちも傷ついている。園田監督の記者会見を涙して見たと思う。どれだけ痛めつけられても、監督は親みたいなもの。自分たちが我慢していればよかったのでは、と感じていると思います。

 −−15人の氏名を公表すべきだという意見が一部にある。

 ◆今回の件で、彼女たちになんら非はないと私は思っています。その彼女たちの氏名を誰に、何の目的で公表すべきだと言うのでしょうか。百歩譲って、彼女たちの氏名を公表して公の場で闘う理由があるなら、それは双方の意見が食い違っている時です。既に園田監督らは事実を認め、謝罪しています。私がメディアの取材を受け、矢面に立つのは、彼女たちが更に傷つくことは避けたいからです。
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告発の真相:女子柔道暴力問題 山口香・JOC理事に聞く/下 暴力撲滅の宣言を
毎日新聞 2013年02月11日 東京朝刊

 ◇「日本スポーツ界は変わる」世界に訴えよ

 柔道全日本女子の暴力問題で、15人の告発を後押しした日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香・筑波大大学院准教授(48)に聞くインタビュー企画。後半は、この問題を機に、日本柔道界、スポーツ界に求められる変革について聞いた。【聞き手・藤野智成】

 −−柔道界で暴力を容認する風潮があったのはなぜか。

 ◆格闘技の性質上、他のスポーツより暴力への境界を飛び越えやすいのかもしれません。講道館柔道の創始者、嘉納治五郎の教えの基本に「精力善用」とあります。「社会の善い方向のために力を用いなさい」と。今回、暴力に陥った理由を「選手を強くしたかったから」と釈明されていますが、日本柔道界が嘉納師範の教えに学んでいないということを示しています。

 −−柔道界はこの問題をどう受け止めるべきか。

 ◆この平和な世の中で柔道をスポーツとして発展させていくには、指導者が心して掛かる必要があるでしょう。柔道の技も使い方を誤れば、暴力になりうる。絶対に暴力を振るう人間でないことを示さないと、柔道なんて教えるな、危険な人間を作るな、という論調になる。中学校で必修化された武道の選択科目からも柔道を外せ、となる。柔道の根幹に関わる問題なのです。

 −−男性だけで構成する全日本柔道連盟の理事に女性の登用を求める意見もある。

 ◆今は上下関係が厳しく男性でも自由に物を言えない空気がある。柔道界の常識は世間の非常識ということも多々ある。女性というより、今後は組織としての多様性が求められる。外部有識者も入れていくべきです。

 −−代表選考の明確な基準作りも必要?

 ◆代表選手選考についても、これまで海外で戦える選手を選ぶという建前で、基準があいまいにされ、議論を呼ぶ選考もありました。選手が暴力を受けながら抗議できなかった背景には、指導者が選考に影響力を持つゆえ、声を上げるのをためらったと思われます。誰が見ても、納得のいく基準が求められます。競泳では、00年シドニー五輪で千葉すずさんが代表選考から漏れ、日本人として初めてスポーツ仲裁裁判所に提訴しましたが、それを機に選考基準が明確化され、今では北島康介選手ですら特別扱いは受けない。競泳陣が成果を出している背景の一つだと考えます。

 −−改めて柔道に求められる人づくりは。

 ◆欧州ではスポーツで何を学んでいるかといえば、自律です。やらされるとか、指導者が見ている、見ていないとかではなく、ルールは自分の中にあります。ゴルフがいい例で、スコアはセルフジャッジ。ラグビーやテニスも近くに監督はいません。自律と自立を併せ持つ人づくりにスポーツが有用とされており、それこそ成熟したスポーツと言えます。

 −−現在、日本オリンピック委員会(JOC)を中心に、各競技団体が暴力の実態調査を進めている。

 ◆過去をほじくり返しても仕方がないと思います。まずスポーツ界全体で、暴力撲滅の宣言をすることが重要です。体罰や暴力が発覚することにビクビクとするのではなく、過去には、体罰や暴力があったことを認めた上で、JOCや各競技団体が宣言に署名し、今後は愛のムチなどというものは一切認めない、見聞きしたら、厳しく処罰すると誓うのです。現在、暴力を訴える勇気がなく、苦しんでいる人たちには光となります。

 −−今回の暴力問題は、東京が目指す20年夏季五輪招致と絡めて語られることが多い。

 ◆こういう状況で、スポーツが夢や感動を与えるなどと上っ面のことは言えません。日本スポーツ界は変わります、と世界に宣言し、だから20年五輪で必ずそれを見せます、と訴えるのです。1964年東京五輪の際は、体罰を容認している時代。(国民が)歯車の中にあり、「我慢しなさい、苦労しなさい、根性だ」という時代背景がありました。でも日本は変わりました。今は世界に並ぶ先進国になり、スポーツ先進国とはどういうものか、20年五輪で必ず見せます、と世界に向けて宣言するのです。15人の選手の告発で、くすぶっていたものが表面化した今、その覚悟が我々に突きつけられています。




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