2015年3月2日月曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(121) 「第18章 吹き飛んだ楽観論-焦土作戦への変貌-」(その5) : 戦争民営化産業の形成 戦闘を担当するブラックウォーター社 「フェデラル・エクスプレスが航空貨物事業でやったことを、国家安全保障の領域で目指す、というのがわが社のモットーなのです」

北の丸公園 2015-02-27
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国防総省はさらに大規模な方針転換を打ち出した
 二〇〇六年一二月、イラクの国営工場を再稼動させる計画を発表した(プレマーがスターリン時代の遺物だとして非常用発電機を供給することを拒否した、あの国営工場)。
ペンタゴンはようやく、ヨルダンやクウェートからセメントや機械部品を輸入するより、長く使われていなかったイラクの工場から買い上げれば数十万の雇用が生まれ、地元地域も潤うことに気づいた。
イラク事業改革担当のポール・ブリンクリー国防副次官は、「これらの工場を詳しく調査したところ、われわれが考えていたようなソ連時代の老朽施設ではないことがわかった」と述べたが、おかげで何人かの同僚からはスターリン主義者呼ばわりされるようになったとも漏らした。

 イラク駐留米軍の戦闘指揮官トップ、ピーター・W・キアレッリ陸軍中将はこう説明する。
「怒りに燃えるイラクの若者を職に就けることが必要だ。(中略)失業率がほんの少し低下するだけで、宗派間の殺し合いを減少させる効果が大いに見込まれる」。
「四年経っても、まだわれわれがそのことに気づいていないというのは信じがたいことだ。(中略)私にとって、これは大問題だ。ほかのどんな軍事作戦とも同じぐらい重要な問題だ」

では、こうした方針転換が惨事便乗型資本主義の終わりを意味しているのかと言えば、そうではない。一から真新しい国を創る必要はなく、イラク人に職を提供し、イラク産業界にも莫大な復興資金を分配することのほうが重要だ - そう米政府当局者が気づいたときには、すでに資金は使い果たされていたから。

かつてない大胆不敵な危機便乗の企て:
国営石油産業の民営化と国際的な投資の呼び込み
 こうした新ケインズ主義風の”悟り”が高まりを見せるさなか、かつてない大胆不敵な危機便乗の企てがイラクを見舞う。
二〇〇六年一二月、ジェームズ・ベーカー元国務長官率いる超党派諮問機関「イラク研究グループ」が長く待たれていた報告書を出した。この報告書は、アメリカが「イラク指導者を支援して国営石油産業を営利事業として再組織し」、さらに「国際社会や国際エネルギー企業に呼びかけて、イラク石油部門への投資を奨励する」べきだと提言した。

 ブッシュ政権はただちにこれを実行に移すため、イラク新石油法案の起草に力を貸した。それはシェル石油やBPといった国際石油メジャーが三〇年の長期契約のもとで、数百億、いや数千億ドルにも及ぶイラクの石油収益のかなりの部分を保持することを可能にするものであり(イラクほど簡単に採掘できる石油に恵まれた国では、およそありえないことだ)、政府収入の九五%を石油に依存する国を恒久的貧困に縛りつける宣告にも等しいものだった。この提案はあまりに不評だったため、プレマーでさえ占領初年度にはあえて持ち出さないようにしていた。ところが今それが表に出てきたのは、イラクの混乱が深まったおかげにほかならない。石油メジャー側は、利益の大部分をイラクから取り上げることを、安全上のリスクを負っていることを理由に正当化した。言い換えれば、惨事そのものがこれほど大胆な法案提出を可能にしたのである。

混乱にまぎれて法案化を急ぐ
米政府の取ったタイミングには非常に深い意味があった。
法案成立が進められていたそのとき、イラク国内は宗派対立で引き裂かれ、毎週平均一〇〇〇人のイラク市民が死亡するという、かつてない深刻な危機に直面しており、サダム・フセインが醜悪かつセンセーショナルな報道のなかで処刑された直後でもあった。ブッシュはこれに合わせるように米軍の「増派」を指示し、交戦規則も「緩和」された。

 この時期のイラクは石油メジャーが本格的な投資を行なうにはあまりにも危険な状態にあったため、法案の成立を急ぐ必要はなかった。だがイラクにとってもっとも論議の分かれる大問題を国民の議論抜きで決定するのに、この混乱を利用しない手はなかった。

 選挙で選ばれたイラクの国会議員の多くは新法案が準備されていることすら知らず、当然その起草にも関わっていないという。
石油監視団体「プラットフォーム」の研究員グレッグ・ムティットはこう報告する。
「最近、イラクの国会議員の会合に出席した際、例の法案を目にしたことがあるか聞いたところ、見たと答えたのは二〇人中一人だけだった」。
「現下のイラクには交渉を有利にまとめるだけの力がないため、(もしこの法案が通過したら)大損を被ることになる」という。

 イラクの主要労働組合は「石油の民営化だけは越えてはならない一線」だとして反対を表明し、共同声明のなかで、この法案は「いまだ占領状態に置かれるイラク国民が自国の未来を模索しているさなかに」エネルギー資源を奪い取る企てだとして厳しく非難した。

イラクの国有石油資源を石油独裁者の管理に任せてしまう法律
 二〇〇七年二月、イラク政権が最終的に採用した法律は予想された以上にひどい内容だった。外国企業がイラク国内で得る利益にはなんの制限もなく、投資企業がイラク企業と提携する際の出資比率や、油田でイラク人労働者をどの程度雇うべきかについての規定もいっさいなかった。
なかでも厚顔無恥と言うべきなのは、将来の石油契約に関してイラクの国会議員はなんら発言権も持たないという規定である。代わりに設置されるのが「連邦石油ガス協議会」で、『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば「イラク内外の石油専門家で構成される委員会」から助言を得るという。選出によらない協議会が、不特定の外国人の助言を得て石油に関連するすべての事柄に最終的決定権を持ち、イラクがどの契約にサインすべきかを決定する全面的な権限も持つというわけだ。
これは事実上、イラクの主要財源である国有石油資源を民主的管理の対象から外し、富と権力を持つ石油独裁者の管理に任せることに等しい。しかもこの独裁者たちは、機能不全に陥ったイラク政府とともに存在し続けることになる。

「バグダッド・ブーム」:
いっそう緻密に整備された戦争民営化産業の形成
 ラムズフェルドが徹底して無駄を省く「ジャストインタイム方式」の戦争を構想し、戦闘の中核を担う少数の兵力しか送り込まなかったこと、そしてイラク戦争初年度に国防総省と退役軍人省合わせて五万五〇〇〇人の人員削減を断行したことにより、あらゆるレベルの業務を民間が肩代わりするようになった。
イラクが混乱のスパイラルに陥れば陥るほど、最小限に抑えられた軍隊をバックアップするために、いっそう緻密に整備された戦争民営化産業が形成された。イラク現地でも、本国アメリカで傷病兵の治療にあたるウォルター・リード陸軍病院でも事情は同じだった。

ラムズフェルドが兵力増強を必要とする方法を断固拒んだ結果として、軍は戦闘兵力を補強する手段を見つける必要に迫られた。そこへ民間セキュリティー会社がどっとイラクへなだれ込み、要人の警護から基地の警備、請負企業関係者のガードマン役まで、兵士が担っていた任務を肩代わりするようになる。だがいったん現地に入ると、混乱に対処するためにその任務内容はさらに拡大していった。

①戦闘を担当するブラックウォーター社
 ブラックウォーター社の当初の契約任務はプレマーの身辺警護だったが、占領から一年後には本格的な街頭戦に加わるようになった。二〇〇四年四月、ナジャフ市でサドル師率いるマフディ軍が蜂起すると、同社はアメリカ海兵隊の実戦部隊に加わるよう指令を受け、九一日に及ぶマフディ軍との戦闘に参戦した。この戦闘では数十人のイラク人が命を落とした。
 
 占領開始時、イラクにはおよそ一万の民間人兵士が駐留していたと見られるが、これはすでに湾岸戦争での民間兵の数をはるかに上回る。米国会計検査院の報告によると、その三年後にイラクには全世界から四万八〇〇〇人の民間兵士が配備されていたが、この数は米軍に次ぐ第二の規模で、アメリカ以外の「有志連合」の兵力の総数をも上回っていた。
こうして闇に包まれ、世に疎んじられた傭兵ビジネスという分野が全面的に英米の戦争機構に組み入れられていき、経済紙はそれを「バグダッド・ブーム」と呼んだ。

 ブラックウォーターはワシントンの辣腕ロビイストを雇って公的表現から「傭兵」という言葉を消すよう画策し、自社を一大アメリカブランドへと変貌させた。同社のCEOエリック・プリンスはこう強調する。「フェデラル・エクスプレスが航空貨物事業でやったことを、国家安全保障の領域で目指す、というのがわが社のモットーなのです」

②尋問、取調べを担当するCACIインターナショナル
 戦争がイラク市民を大量に拘束する段階に入ると、訓練を受けた取調官やアラビア語通訳者が大幅に不足し、新たな拘束者から情報を聞き出すことができなくなった。
なんとしても尋問官や通訳を増やさなければならない必要から、人員の補充は民間軍事企業CACIインターナショナルに外注された。同社のイラクにおけるもともとの契約は米軍への情報テクノロジー関連のサービス提供だったが、契約の文言が曖昧なことから「情報テクノロジー」には「尋問」も含まれるという拡大解釈がなされた。この”柔軟性”は初めから計算に入っていた。CACIは連邦政府への人材派遣を請け負う新種の契約企業のひとつであり、曖昧な表現による契約を交わして政府の要請に対応できる大量の人材をそろえ、どんな職種の人材もすぐに提供できる態勢を整えているのだ。CACIがストックする人材には、政府職員のような厳しい職業訓練や身元調査は必要なく、人材派遣の要請はまるで事務用品を注文するようにお手軽だった。こうして何十人もの取調官が即座に現地へ送り込まれた。

*問題は、契約事業に監視の目がほとんど届かないことだ。アブグレイブ刑務所の不祥事を調査した米軍の内部報告によると、取調官の監視を担当する政府職員はアブグレイブはおろかイラクにも来ておらず、「契約の管理はきわめて困難であり、不可能でさえあった」という。
報告書の執筆者であるジョージ・フェイ陸軍将軍は、政府の「取調官やアナリスト、指導者らには民間の取調宮を受け入れる用意がなく、これらの民間人の管理や統制、規律訓練に関する十分な教育も受けていなかった。(中略)アブグレイブ刑務所において、契約履行に関する適切な監視が確実な形で行なわれていなかったのは明らかである」と結論づけている。

③燃料輸送、車両・無線のメンテナンスを担当するハリバートン
 イラクの混迷で最大の利益を得たのはハリバートンだった。イラク侵攻以前、同社はフセインの退却部隊が油田に放火した場合の消火活動契約を受注していた。実際には放火は行なわれず、同社の契約は拡大解釈されて新たな業務 - イラク全土への燃料供給 - を含むことになる。その規模の大きさは、「クウェートから使用可能なタンクローリーをすべて買い取ったうえ、さらに数百台を輸入した」ほどだった。さらに同社は兵士を他の任務から解放して戦闘に専念させるという名目で、軍用車両や無線のメンテナンスなど、従来は軍が行なっていた何十もの任務を引き受けた。

④新兵採用業務を担当するサーコやL-3コミュニケーションズ
 戦争が長引くにつれ、新兵採用までもが急速に営利目的のビジネスと化した。二〇〇六年には、民間ヘッドハンティング会社のサーコや大手軍事企業L-3コミュニケーションズの一部門が新兵採用業務を手がけ、採用担当者(軍隊経験のない者も少なくなかった)には、兵士を一人採用するごとにボーナスが支払われた。ある会社の広報担当者は「ステーキが食べたかったら、どんどん人を軍隊に入れればいい」と得意げに話している。

⑤兵士訓練を担当するキュービック・ディフェンス・アプリケーションズやブラックウォーター
 ラムズフェルドの采配のもと、兵士訓練のアウトソーシングも活況を呈した。キュービック・ディフェンス・アプリケーションズやブラックウォーターでは、民営の訓練施設に兵士を送り込み、本物に似せて造ったイラクの村で民家を一軒一軒襲撃するといった実戦形式の戦闘訓練を施した。

⑥医療サービスを担当するヘルス・ネットやIAPワールドワイド・サービス
 ラムズフェルドは二〇〇一年九月一〇日に行なったスピーチで戦争民営化への意気込みを初めて示したが、そのおかげで病気や心的外傷後ストレス障害を抱えて祖国に帰還した兵士も、民間の医療施設で治療を受けることになった。心的外傷を多く生み出したイラク戦争は、こうした民間医療企業に思いがけない利益をもたらした。
そのうちのひとつヘルス・ネットは、イラクで心的外傷を負った帰還兵士が多数に上ったことが主な理由で、二〇〇五年の『フォーチュン500社』の第七位にランクされた。
IAPワールドワイド・サービスも、ウォルター・リード陸軍病院が行なっていた医療サービスの多くを肩代わりして大きな利益を上げた。だが民営化によって、公務員として働いていた一〇〇人以上の熟練医療職員が解雇され、医療現場の崩壊は目を覆うばかりになったとされる。
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