2012年9月29日土曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(40) 「第2章 もう一人のショック博士 - ミルトン・フリードマンと自由放任実験室の探究 -」(その10)

*
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(40) 
「第2章 もう一人のショック博士
 - ミルトン・フリードマンと自由放任実験室の探究 -」(その10)

1970年、チリ、大統領選挙で人民連合のサルバドール・アジェンデが勝利
 一九七〇年、チリでは大統領選挙で人民連合のサルバドール・アジェンデが勝利し、同政権はそれまで国内外の企業が支配していた経済の主要な部分を国有化する政策を打ち出した。
 アジェンデはラテンアメリカの新しいタイプの革命家の一人だった。チエ・ゲバラと同じく医者だったが、アジェンデはロマンティックなゲリラと言うより、気さくな学者といった雰囲気を漂わせていた。
 フィデル・カストロに勝るとも劣らない激しい調子で街頭演説を行なったが、チリにおける社会変革は武装闘争ではなく選挙によってもたらされるべきだという信念をもつ、徹底した民主主義者でもあった。

米ニクソン大統領、「経済に悲鳴を上げさせろ」
 アジェンデが大統領に当選したことを知ったニクソンが、リチャード・ヘルムスCIA長官に「経済に悲鳴を上げさせろ」と命じたというのは有名な話だ。

「右派の間では軍事力による政権奪回も時に話題に上る」
この選挙結果はシカゴ大学経済学部にも波紋を広げた。
アジェンデが当選したとき、たまたまチリにいたアーノルド・ハーバーガーは本国の同僚に手紙を書き、選挙は「悲惨」な結果に終わったこと、そして「右派の間では軍事力による政権奪回も時に話題に上る」と書いている。

アメリカ実業界はアジェンデ政権に宣戦布告
 アジェンデは資産や投資に損失を出した企業には適正な補償を行なうと約束していたものの、アメリカの多国籍企業はチリの新政権を皮切りにラテンアメリカ全体に新たな潮流が生まれることを危惧し、その多くはこの地域で増大しつつあった収益を失いたくないと考えていた。
 一九六八年の時点で、アメリカの海外投資の二〇%はラテンアメリカに向けられ、米企業がこの地域に持つ子会社は五四三六社を数えた。
 こうした投資は膨大な利益をもたらした。
アメリカの鉱山会社はそれまでの五〇年間に、チリの銅鉱業(世界一の規模を持つ)に一〇億ドルの投資を行なったが、そこからじつに七二億ドルの収益を得ていたのである。

国際電話電信会社(ITT)
 アジェンデが当選すると、アメリカ実業界は就任式を待たずにアジェンデ政権に宣戦を布告した。
その中心となったのはワシントンに本拠を置くチリ特別委員会だった。
メンバーはチリに子会社を持つアメリカの大手鉱山会社や、委員会の事実上のリーダーであり、まもなく国有化されるチリの電話会社の株式を七〇%保有していた国際電話電信会社(ITT)などである。プリナ社、バンク・オブ・アメリカおよびファイザーケミカル社も、さまざまな段階で代表を送っていた。

経済的崩壊を突きつける
 この委員会の唯一の目的は「経済的崩壊を突きつける」ことによって、アジェンデに国有化を思いとどまらせることにあった。
その方法について、彼らは多くのアイディアを持っていた。
機密解除された会議の議事録によれば、メンバーの企業はアメリカからチリへの融資を阻止したうえで、「アメリカの大手民間銀行にも同様にするようひそかに促し、外国銀行筋にも同じ考えに立って協議する。向こう半年間はチリから物品を買うことを控える。チリから銅を買わずに、アメリカの銅備蓄を使用する。チリに米ドルの不足状態を作り出す」ことを目指すとしている。

オルランド・レテリエル駐米大使
 方法はこれだけにとどまらなかった。
アジェエンデは親しい友人であるオルランド・レテリエルを駐米大使に任命し、彼がアジェンデ政権の破壊工作を目論む企業を相手に土地収用の条件を交渉するという任務を負うことになった。
レテリエルは陽気で外向的な性格で、いかにも七〇年代風の顎ひげを生やし、素晴らしい歌声の持ち主でもあったため、外交官仲間の間でも大変好かれていた。息子のフランシスコにとってもっとも懐かしい思い出は、ワシントンDCの家に友人たちが集まり、父親がギターを弾きながらフォークソングを朗々と歌っていたことだという。だがレテリエルの人間的魅力と技量をもってしても、交渉が成功する見込みはまったくなかった。

ITTによる反アジェンデ陰謀の暴露
 一九七二年三月、レテリエルとITTとの間で切迫した交渉が行なわれている最中、ジャック・アンダーソンという全米配信の新聞に寄稿するコラムニストが資料に拳つく暴露的な連載記事を発表した。
二年前、ITTとCIAおよび国務省との間で、アジェンデの大統領就任を妨害する秘密計画が企まれたというのだ。
この記事を受け、民主党が多数を占めるアメリカ上院が調査に乗り出した結果、大規模な陰謀の存在が明らかになった。ITTがアジエンデの反対勢力に一〇〇万ドルに上る賄賂の提供を申し出、「チリ大統領選の結果を操作する秘密計画にCIAを引き込もうとした」というのである。

「チリ軍隊内部の信頼できる筋に連絡を取り(中略)アジェンデへの不満を増大させることによって、その追放を必然的なものにすること・・・」
 一九七三年に発表されたこの上院の報告書によれば、ITTは秘密計画が失敗してアジェンデが大統領に就任することが明らかになった時点で新たな戦略を立て、アジェンデを「半年のうちに失脚させる」よう画策した。
上院にとって何より憂慮すべき事実は、ITTの幹部と米政府との関係だった。
証言と証拠資料の両方から、ITTがアメリカの対チリ政策の立案に関して、最高レベルで直接関与していたことが明らかになった。
 ある時点で、ITTの幹部役員の一人は当時の国家安全保障担当大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーに書簡を送り、「すでにチリへの提供が約束されたアメリカからの援助基金はすべて、アジェンデ大統領には知らせることなく、「再検討」状態に置かれるべきである」と述べている。
 さらに同社は、ニクソン政権に対して一八項目から成る戦略を勝手に用意したが、そのなかには次のような明白な軍事クーデターの要請も含まれていた。「チリ軍隊内部の信頼できる筋に連絡を取り(中略)アジェンデへの不満を増大させることによって、その追放を必然的なものにすること…‥・」

「ナンバーワン企業を大事にすることの、どこが悪いのですか?」
自社の経済的利益を増進するために米政府の力を利用してチリの合憲的プロセスを転覆しようという、なんとも恥知らずな策動について上院委員会から追及されると、ITTの副社長ネッド・ゲリティはきょとんとした表情で、こう問うた。
「ナンバーワン企業を大事にすることの、どこが悪いのですか?」。
同委員会は報告書に、これに対する答えを記している。「たとえ「ナンバーワン」であっても、アメリカの外交政策の決定に関して必要以上に関与することは許されない」

アジェンデ政権は磐石:より過激な計画が必要だ
 しかし、何年にもわたるアメリカによる執拗なまでの不正工作(ITTはそのなかで、もっとも詳しく調べられた一例にすぎない)にもかかわらず、一九七三年、アジェンデは依然として政権の座にあった。
八〇〇万ドルの秘密資金をもってしても、彼の権力基盤を揺るがすことはできなかった。
それどころかこの年行なわれた中間選挙では、アジェンデの党は一九七〇年の大統領就任時よりも得票数を増やした。資本主義とは異なる経済モデルへの願望がチリに深く根を下ろし、社会主義に対する支持が増大しているのは明らかだった。
これは一九七〇年の大統領選以来、アジェンデ政権の転覆を策謀してきた反対派にとって、ただ単にアジェンデを追放しただけでは問題は解決しないことを意味していた。
誰か別の人物が彼に取って代わることが必要だった。
より過激な計画が必要とされていたのだ。


0 件のコメント: