10月3日から「朝日新聞」夕刊で「原発とメディア」の連載が始まった。
その10月3日掲載分は、「元科学部長の悔恨」というタイトル。
その方は、高津信也という人で現在89歳。
昭和25年、大阪工業大学助教授から朝日新聞記者(大阪本社社会部)に転じられたそうで、1964年3月から約2年間、科学部長を勤められたそうだ。
その方の悔恨というのは、
「原子力の安全性の問題を、もっと紙面で取り上げるべきでした」
ということ。
この高津さんには「科学と現代社会」(1981年)という著書があり、
その巻頭にはイギリスの物理学者バナールという人の言葉が引かれているそうだ。
「幻想をできるだけ排除することだ。
未来は、あらゆる望みや願いを託するのに、あつらえむき場だが、科学的予測においては、そういう願望は極めて人をあざむきやすい道案内である。」
この高津さん、
あるとき、湯川秀樹を取材し、記事にしないという事を念押しされて、以下の話を聞いたそうだ。
「原子力発電は感心しません。
放射能の怖さをもっと認識してもらわないと。
平和利用、平和利用と言うが、そんなに生やさしいものではありません」
こういう湯川さんとは逆に、学会を原子力の方向に向けて大きく舵をきらせたのが、
「なんとかなるだろう」の果て、で批判された伏見康治さん(故人)ということになるのかな(コチラ)。
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