4月3日(金)晴れ
鎌倉、妙本寺の海棠が満開。
(ソメイヨシノは終っている)
フランスのマクロン大統領と韓国のイ・ジェミョン大統領は、ホルムズ海峡を通る船舶の復活を目指して協力することを約束。韓国もアメリカの同盟国。なぜこれが日本はできなかったのか。ひとえに高市首相の外交センスのなさを悔やみます。高市首相、本当に暗愚。 https://t.co/EBcfm6TmQf
— Ikuo Gonoï (@gonoi) April 3, 2026
AP通信のアジア関連のトップがホルムズ海峡の交渉をフランスと韓国と共同でやると合意したのニュース。高市はきっと断ったのだろうね。。。French and South Korean leaders say they'll work together on the Strait of Hormuz https://t.co/QmbryBgVS0
— kazukazu (@kazukazu881) April 3, 2026
高市さんって各国首脳相手にバカやることが外交だと勘違いしている説。 https://t.co/4NFO0oupyv
— 白坂和哉|Kazuya Shirasaka (@shirasaka_k) April 2, 2026
フランス所有のコンテナ船がホルムズ通過-開戦後、西欧関連では初か https://t.co/ryEruIfgSw
— ブルームバーグニュース (@BloombergJapan) April 3, 2026
🇫🇷🇮🇷 フランス所有のコンテナ船がホルムズ海峡を通過した。イラン戦争開始以来、西ヨーロッパの船舶としては初めてとのことだ。
— トランプ氏 発言速報 (@TrumpPostsJA) April 3, 2026
CMA CGM Kribi号は、ケシュム島とララク島の間でイラン沿岸に沿って航行し、その航路を公に発信していた。
テヘランとの事前合意なしに、このような行動はしないだろう。… pic.twitter.com/O5xgJ40yDX
4月3日(金)晴れ
今日は、晴天で暖かい。
昨日まで曇/雨が続き、明日からまた曇/雨がちの模様。
鎌倉、鶴岡八幡宮の段葛、源氏池畔のソメイヨシノ満開。散り始めあり、まだ蕾もあり。
源氏池畔の桐ヶ谷(桜)も満開
1908(明治41)年
8月7日
啄木、8月というのに例の綿入を着て新詩杜訪問。帰りはその綿入を風呂敷に包んで、白地の浴衣を着て帰る。金田一と2人でよく見ると、女柄であり、多分晶子夫人が、自分の布地で啄木の為に男物に仕立てる。この頃、啄木は「明星」の編集発送、歌会など殆ど1日おきくらいに新詩社に通う。
8日、徹夜の歌会。午後10頃~翌日午前4時。吉井勇・北原白秋も参加。
「八月七日
八時半起床。朝餉を了へて家を出づ。風強し。
昌平橋にて与謝野氏に逢ひ、共に明治書院にゆき、十一時頃千駄ヶ谷に至る。夏草の路、蜥蜴を見て郷を思ふ。
庭の萩風に折れたり。杉垣の下なる向日葵の花、白と鹿の子の百合の花、風情あり。晶子さんは夏に疲せてベツドの上にあり。
校正など手伝ひて四時辞す。晶子さんが手縫ひの白地の単衣を贈らる。
(略)
十二日間の記
八日、千駄ヶ谷歌会の日なり。午前明星の歌をなほし、一時頃ゆく。
珍らしきは大井蒼梧川上櫻翠二君なりき。先づ明星を百号にてやめる件、についての相談あり。平出君最も弁じ、大井君保守説を持す。夕刻にいたり、廃刊の事与謝野氏の懇望によつて決し、新たに与謝野氏と直接の関係なき雑誌を起すこととなり、平野吉井予の三人編輯に当ることとなれり。予は初め固辞せしも聞かれず、与謝野氏の衷心に対する同情は終に予を屈せしめたり。
雅子女史亦会す、吉井北原君もあり。夕刻より兼題の歌の運座。
十時頃より、徹夜五十首と動議成立し、翌九日朝にいたりて大方詠出。互選の結果、読上げ終りて十二時を過ぎたり。平野吉井二君と共に残り、湯に入る。四時頃帰り来る。
――――――――――――――――
室に入れば女中来りて告げて曰く、昨夜植木女来り、無理にこの室に入りて待つこと二時間余、帰る時何か持去りたるものの如しと。
室内を調ぶるに、この日誌と小説“天鵞絨”の原稿と歌稿一冊と無し。机上に置手紙あり、曰く、ほしくは取りに来れと。
予は烈火の如く怒れり。蓋し彼女、世の机の抽出の中を改めて数通の手紙を見、またこの日誌の中に彼女に関して罵倒せるあるを見、怒りてこれを持ち去れるものなり!
(略)
――――――――――――――――
如何にして盗まれたるものを取返すべきかにつきて、金田一君と毎日の如く凝議したり。一度、予怒りを忍んで彼女を訪ねしもあらざりき。翌日オドシの葉書をやる。無礼なる返事来る。行かず。十九日の夕に至り、彼女自ら持ち来りて予を呼出し、潸然として泣いて此等の品を渡して帰れり。
ただ此日記中、七月二十九日の終りより三十一日に至るまでの一頁は、裂かれて無し。蓋しその頁に彼女に対する悪口ありたるなり。
これにて彼女の予に対する関係も最後の頁に至れるものの如し
――――――――――――――――
(略)
十九日は将棋に暮す。残暑少しく烈し。空は秋の空なり。
夕刻にこの日誌等返る。金田一君と共に万歳を唱ふ。」(啄木日記)
8月7日
オランダの海外領地および植民地に関する領事職務条約、(4月27日調印)公布。
8月7日
ヴィレンドルフのヴィーナスが発掘される
8月9日
永井荷風『あめりか物語』刊行。
8月10日
池田亀太郎、西大久保で女湯を覗き風呂帰りの婦女を暴行殺害(3月22日)した出歯亀事件で、無期懲役の判決。
8月11日
大日本軌道株式会社開業。小田原支社の人車軌道で小田原~熱海のうち湯河原~熱海が蒸気列車に。
8月11日
英エドワード7世、独皇帝ヴィルヘルム2世とクロンベルクで会談。独建艦案縮小など海事問題の調整、失敗。
8月14日
幸徳秋水、東京着。
15日、豊多摩郡淀橋町大字柏木の守田有秋の旧宅(金曜社)に岡野辰之助の名を借りて住む。柏木平民社。炊事などは岡野の妹が世話する。
9月末、巣鴨に移転。
8月15日
漢口の『江漢日報』封鎖。
8月15日
赤旗事件第1回公判。東京地方裁判所。弁護人卜部喜太郎・井本常作。幸徳秋水・坂本清馬・新美卯一郎ら100余、傍聴。
裁判長島田鉄吾が「被告は無政府主義者であるか」と質問。落とし穴に気付き、巧みに供述する被告の中で、菅野須賀子は「自分はもっとも無政府主義に近い思想をもっている」と述べる。秋水は法廷傍聴記「同志諸君」を「熊本評論」9月20日号に掲載。
〈赤旗事件公判筆記 『熊本評論』8月20日掲載〉
8月15日午前9時、14名の同志に対する治安警察法違反、官吏抗拒事件は、東京地方裁判所第一号法廷に於いて満田検事立会島田裁判長に依り開廷せられたり更めて記す、当日の被告左の如く
堺利彦 山川均 大杉栄 荒畑勝三 宇都宮卓爾 森岡永治 徳永保之助 佐藤悟 百瀬晋 村木源次郎 管野須賀子 大須賀里子 神川松子 小暮礼子
…裁判長は一般に向て次の訊問をなせり。曰く、
「被告らは7月22日石川三四郎の主催に係る山口義三の出獄歓迎会に赴き開会後同日午後6時『無政府』及『無政府共産』と記せる赤旗を翻し、場外に出て、無政府党万歳を絶叫し、亦は『革命の歌』を高唱したりしや。」
堺利彦君は『余親ら赤旗を翻せし事なし。余の場内に居りし際同志の一人が、門前に混雑ありと報じ来りしより、馳せ出で見たるに同志と警官の間に騒擾開始されて居れり」
裁「被告は無政府主義者なりや」
堺「否な余は社会主義者なり」
裁「無政府共産なる語を用いし事なきや」
堺「共産なる語は社会主義者一般に認められ、且つ信じられ居るも、余は自ら進で未だ無政府なる語をも用いし事なし」
次に裁判長は山川均君に向い、前同様一般的訊問を発し、山川君は是に対して
山「余は旗を会場に持参せず然し『革命の歌』は会場にて歌えり」
裁「被告は無政府主義者なりや」
山「自ら無政府主義者なりとは言いし事なきも、無政府主義の説明如何に依っては、社会主義者は何れも無政府主義者と言うも可なり」
裁「被告の会場を出でし時赤旗を見しや」
山「旗は一本高等商業学校の方にあるを見たり」
大須賀里子女子に対して…
「…未だ主義者としての資格は無からんと信ず、無論無政府主義に関しては、充分の智識なし」
(略)
斯て裁判長は、赭衣を纏い、眼光爛々たる大杉君を呼びて立たしめたり旗の製作に関する訊問あるや、大杉君は「旗は余の発意にて余の製作したものなり…」
裁「革命の歌を唱え無政府党万歳を絶叫せしか」
大「大に然り」
荒畑寒村君に対して
「…無政府党万歳を叫びたり」
(略)
小暮レイ子女史…
「自分は目下社会主義の研究中なるが故に、未だ無政府主義に就ては分明に理解せず」
神川女史は
「…主義者として自分は、社会主義者無政府主義者其の何れとも決せず、近き将来に於て発表するの機会ありと信ず」
管野幽月女史は「自分は最も無政府主義に近き思想を抱持し居れり」
(略)
是にて略審問を終り、裁判長は予審調書(数十名の巡査の口供に拘る)を読み聞せ是に対する各被告の弁明を聞けり。
当日の重なる弁明左の如し、
(略)
大杉栄君「判官諸公、吾等は面会を禁止せられ、書信の往復を断たれ、犯罪に就いて会議相談の上答をなす地位にあらず然れども彼の数十名の巡査は、被告の罪状を造る可く、自由に相談し、自由に疑義し、自由に捏造するの地位に在れりされば彼等の口供になる百の調書も、千の調書も、何等の信憑たらず、唯之一の空文のみ、諸公幸に是を諒とせられん事を」
神川松子君「唯今読み聞されし一巡査の口供には、自分が大須賀と共に商業学校前にて行動を共にせりとあり、亦他の一巡査の口供には、管野と共に神田署前にて行動せしとあり、自分は、一人なれば、羽翼を有せざる限り一時に三丁余りも隔たりたる場所を短時間に駆け歩く能わず、殊に或る巡査の口供には自分が、襟に時計の銀鎖を懸けたる由を記しあれど、自分は当日鎖をも時計をも有せず、是等事実の相違より見るも如何に巡査の口供の馬鹿馬鹿しきかを知るに足らん」云々
尚お是等弁論の後にて堺、神川、山川等数名の被告より証人として大杉保子及巡査横山某を喚問されん事を申請し、是を許可せらる。次回は22日開廷と決し午後5時閉廷。
此の日幸徳秋水、坂本克水君等新聞記者席にあり。場外には百余名の群集溢れたり、評論社の新美君、志賀君、清国同志、在京一般同志、何れも朝来より来廷せり。
8月15日
保証金を支払って復刊した「東北評論」第2号、赤旗事件被告を称賛したとして編集人高畠素之が新聞紙法違反で起訴、軽禁固2ヶ月処分。
10月1日、新村忠雄を発行人として第3号発行。
8月15日
ニコライエフスクに日本領事館開館。
8月15日
イリノイ州スプリングフィールド、白人女性が黒人に暴行されたと主張。黒人街が攻撃され白人と黒人が衝突。
つづく
「多くの精神科医や心理学者は米トランプ大統領に「自己愛性人格障害」の傾向を見出している。」
— 川崎大助|新作執筆中 (@dsk_kawasaki) April 3, 2026
⬆️
ここ、高市とか日本のウヨ系政治家にも、めっちゃ多いタイプのような
「イラン戦争に関する重大演説」に浮かぶトランプ政権の幼児性 大戦末期ドイツとの比較から(六辻彰二)https://t.co/7JcxmGKaeY
https://t.co/7cF4MYEDzC
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) April 2, 2026
小泉防衛相は敵の意図が不明で運用は多様とし、ミサイル基地が攻撃対象となり得ると認めつつ、住民説明の必要性を明確にしなかった。議論では小泉防衛相の答弁が不明瞭との指摘が相次いだ。
← 何を言ってるのか不明なレベル
【意味不明】
— Ema🌾JCP動画班/フォローして✨ (@emausade) April 2, 2026
山添拓「ミサイル基地が攻撃対象になり得ることはお認めでしょうか」
↓
小泉進次郎「その配備を持ってその後の運用の形というのはそこに置いたからといってそこでということではなくその運用というのは様々な形があるというご説明をさせて頂いております」… pic.twitter.com/hJlQlsZteD
米国防長官、陸軍参謀総長を解任 軍上層部の「粛清」続く
— ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 (@WSJJapan) April 2, 2026
ヘグセス米国防長官は2日、陸軍トップであるジョージ参謀総長を解任した。国防総省は軍上層部の粛清を進めており、制服組トップの解任が相次いでいる。https://t.co/wwdw4fOJVi
米陸軍参謀総長を解任か 国防長官、理由は不明https://t.co/txypLchmHz
— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) April 2, 2026
米国防総省は2日、陸軍トップのジョージ参謀総長が辞任したと発表しました。これに先立ち、CBSテレビはヘグセス国防長官がジョージ氏に即時辞任と退役を要求したと報じており、事実上の解任とみられます。
戦争長官が陸軍制服組トップを解任。理由は示さず。
— 立岩陽一郎 (@YoiTateiwa) April 2, 2026
理由はわかりませんが、大統領も大統領なら、戦争長官も戦争長官としか言いようがありません。
これでこの長官が解任した軍将校は数十人規模だそうです。 https://t.co/HvGvq74EaJ
このタイミングでの陸軍参謀総長の事実上の更迭。イランでの地上作戦に反対したのではないか。 https://t.co/0K7MUzuSpp
— 布施祐仁 / 『従属の代償 日米軍事一体化の真実』(講談社現代新書) (@yujinfuse) April 2, 2026
▼この通りでなければ良いが、、、
Army Chief of Staff fired: THIS IS VERY BIG.
— Daniel Foubert 🇵🇱🇫🇷 (@Arrogance_0024) April 2, 2026
Firing the Army Chief now, and replacing him with a loyalist, is preparation for orders the previous leadership might have slow-walked or resisted.
When you fire a service chief mid-war with no stated cause, the real reason is almost… pic.twitter.com/mq6Ia4Sx0i
〈全文〉
英語からの翻訳
陸軍参謀総長解任:これは非常に重大だ。
今、陸軍参謀総長を解任し、忠実な人物に置き換えることは、前の指導部が遅延させたり抵抗したりしたかもしれない命令への準備だ。
戦争途中で何の理由も述べずに軍種トップを解任するなら、本当の理由はほぼ確実にドクトリン上の対立——戦争の戦い方に関するものだ。なお、米国は本日、イランの民間インフラ(イランの最大の橋)を爆撃し始めた。
陸軍の変革イニシアチブを主導したキャリアの歩兵将校であるジョージのような人物は、イランでの地上作戦の実現可能性とコストについて、深刻な制度的見解を持っていただろう。彼が内部チャンネルを通じてでも抵抗していたなら、まさにヘグセスが排除しようとするような摩擦だ。
おそらく後任はクリストファー・ラネーブ将軍で、元々ヘグセスの個人的な軍事副官——つまり、ヘグセスはイランに対する現役の戦闘作戦中に、陸軍のトップに忠実な人物を据えている。
ヘグセスはこれまでに、統合参謀本部議長のC.Q.ブラウン将軍、海軍作戦部長のリサ・フランケッティ提督、空軍副参謀総長のジェームズ・スライフ将軍、国防情報局長のジェフリー・クルース中将を含む、十数人以上の上級軍将校を解任した。
結論:これはエスカレーションだ。
文民指導部は、軍事オプションに対するあらゆる制度的ブレーキを体系的に取り除いている——これが今回の全粛清が目指していたものだ。ジョージの追放がトランプの「石器時代」演説と同時に起こっているのは偶然ではない。今後2週間が、これまでで最も激しい戦闘段階になることを予想せよ。
やばいでしょ、これ。
— ぶたまる🐽米国株投資 (@Butamaru_Butako) April 2, 2026
いち素人の憶測にすぎないけども、限定地上作戦(陸軍の第82空挺師団)をめぐって、ほぼ素人の元キャスターのヘグセス長官と揉めたのでは?ちなみに第82空挺師団はすでに現地入りしている模様。 #カーグ島占領云々の地上戦実行となれば原油は https://t.co/nj5fuO3QYl pic.twitter.com/6P3LhcRsfy
https://t.co/JHTajK8KPu
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) April 2, 2026
高市早苗首相は日米首脳会談で自衛隊をホルムズ海峡に派遣する意向を示したが、秘書官や自民党関係者に止められた。怒鳴りながら抵抗したものの説得され、帰国後は定時出勤・退勤し土日を休むようになった。
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) April 2, 2026
https://t.co/HWHMhyO3L2
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) April 1, 2026
高市早苗首相は3月24日夜に官邸幹部を集めた席で今井尚哉参与との意見対立から激昂し解任を主張した後、弱音を吐き退陣を口にした。高市首相はトランプ大統領の要請に応じホルムズ海峡への自衛隊派遣を検討していたが、今井参与が「国難だ」と反対し激論となった。
現首相そもそもの気質として自分のスタンドプレーにしか関心がなく、チームプレーが本当にできない(無派閥になったことはその象徴)。他人を利用することしか考えてないから周りにロクな人も集まらない。自分以外のあらゆる(自民党含む)集団に関心がない。いわんや国民の生命や生活をや、だよね。 https://t.co/PXjqHcwmzc
— 津田大介 (@tsuda) April 1, 2026
高市は自衛隊を出す気満々だった。
— 【永江の新垢】Web系コンサルタント兼マーケッターのai使い (@IssekiNagae) April 1, 2026
↓
秘書官や自民の正気の人たちが必死に止めた
↓
怒りまくって怒りまくって怒鳴りまくったが最後は説得させられた
↓
帰国してから人が変わったようには働かなくなり定時出勤の定時に帰り土日は絶対休み。半休も pic.twitter.com/fUgylOBpO4
これは事実みたいですよ。 https://t.co/OeBIq0XWKn
— こたつぬこ🌾木下ちがや (@sangituyama) April 1, 2026
高市早苗首相、トランプ氏の要請に応じ自衛隊を派遣しようとしていた…今井内閣官房参与に制止され「許せない」解任を検討か? https://t.co/gbjJHW6ekI
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) April 1, 2026
悲願だった2026年度予算案の年度内成立を断念した高市首相。30日の参院予算委員会での答弁には、ハッキリとイライラがにじみ出ていました。こうした一連の態度には、さすがに党内からも不平不満が上がり始めています。 https://t.co/QHcJAkX1aR #日刊ゲンダイDIGITAL
— 日刊ゲンダイDIGITAL (@nikkan_gendai) April 1, 2026
1908(明治41)年
8月
清国、欽定憲法大綱公布。9年後、憲政実施約束。
8月
田中王堂「我国に於ける自然主義を論ず」(「明星」)
8月
中国同盟会の孫武ら、東京で英進会を組織。
8月
三輪田真佐子「現代女界の暗流」(「女学世界」)。教育とは「不健全な思想」(厭世自殺・煩悶のため周囲を心配させるような)「を除去せんために施すもの」、「文学を解する女子にして、この愚を演ずるは、教育上の一大罪人ならずや」。
8月
英、炭坑労働者の労働時間を8時間に制限。
8月
8月~12月、ウィルバー・ライト、ヨーロッパで次々と飛行記録を塗りかえる。
8月1日
ロシア大使、寺内正毅外相に日露懸案一括解決交渉を提議。
8月1日
国産自動車完成を記念し、乗用車10台、第1号所有者有栖川宮家より多摩川へ遠乗会開催。
8月1日
出口ナオ、王仁三郎ら、金明霊学会を大日本修斎会(のちの大本教)に改組。
8月1日
日光東照宮建造物26棟が当時の古社寺保存法に基づき特別保護建造物(文化財保護法における重要文化財に相当)となる。
8月1日
「八月一日
(略)
七時頃煙草代を怎かしようと阿部月城を訪ねたが不在。・・・・・
残れる銅銭を集めて、あやめの五匁を一つ買つて来た。
中央公論の後藤新平論と国木田独歩論を読んで、考へた。秋声の筆つきは気に入つたが、少し拵へすぎてゐる。
今夜は両国の川びらき、沓かに花火の音がする。
八月二日
(略)
日暮、金田一君と洗湯にゆく。半月目也。浴後体量を計るに僅かに十二貫三百目。帰り、氷屋に入ること二度。まくは瓜を求め来りて共に味ふ。その味に故園を忍ぶこと深し。
趣味八月号―“文豪国木田独歩”―を読む。噫多幸なる哉独歩。明治の文人にして、国民的悼歌のうちに葬られたるもの、紅葉独歩の二人のみ。而して、かの紅葉にして猶且天下の同情を贏得たること独歩に及ばざる遠し。独歩また瞑すべし。
独歩の性行を録するものを読みて、予の特に感ずるは、彼が無邪気なりし事なり。小児の如く笑ひ、小児の如く怒りし事なり。予は何故に怒りえざるや?
独歩の旧稿に“文学者――予の天職”なる一文あり。中に曰く、
“予は遂に文学者なるものの如し。”
と、更に曰く、“予は文学者の高貴なる所以を知る。然れども予は何ら虚栄の念なくして此業に従はざるべからず、宛然農夫の田を耕す如くに。”と。
予の独歩を憶ふこと日に深し。然して、予も亦遂に文学者なるが如し。!!
(略)」(啄木日記)
8月1日
英、老齢年金法、成立。1909年1月1日発効。
8月1日
仏、労働総同盟(CGT)指導部、逮捕。サンディカリストへの弾圧。
8月2日
「八月二日(日)、夜、森田草平の不調に尼子四郎医師(本郷区駒込千駄木五十番地)に相談するように勧める。
八月三日(月)、小宮豊隆宛葉書に、「僕高出歯亀となつて例の御嬢さんのあとをつけた。歸つたら話す。」と書き送る。(小宮豊隆、帰省中である)
八月五日(水)から十七日(月)の間に、『三四郎』起稿する。(十月五日(月)脱稿する。原稿用紙は、橋口五葉の図案になるもので、『明暗』まで使用する)
この前後、東京帝国大学理科大学の実験室に赴き、寺田寅彦に、光線の圧力について聞く。執筆前後とみなされる書簡で、現在発表されているものは、八月三日(月)小宮豊隆宛、八月十九日(水)高浜虚子宛、八月二十三日(日)田島道治宛のほか、八月(?) (小宮豊隆推定)、渋川柳次郎(玄耳)苑のものである。八月三日(月)は、「小既はまだかゝない。いづれ新聞に間に合ふ様にかく。」とあり、八月十九日(水)は、「小生の小説もいきれ可申か」とある。八月二十三日(日)は、「只今三四郎執筆中例により多忙を極め候」とある。渋川柳次郎(玄耳)宛の日付不明のものには、『三四郎』の題名と、予告の原文が記されている。以上の手紙のほかは発表されていない。書簡のない期間は八月四日(火)から八月十八日(火)までと八月二十日(木)と八月二十二日(土)である。八月十九日(水)には、『三四郎』の(二)までの原稿はできていたと推定される。このことから、起稿の日を推定すれば、八月十七日(月)以前ということになる。但し、書簡のない期間にも未発表書簡は存在するかもしれない。」(荒正人、前掲書)
8月3日
ロシア、社会革命党協議会第4評議会(~8月14日)。
8月4日
「八月四日
夜の明けざるに目さむ。暑気少しくゆるみて、八十九度。
半日金田一君と語る。例の稚き頃の思出。話してる所へ、与謝野氏より書留、為替五円。外に、明夕あたり御出下され浴衣お着代へ被下度しと晶子申候、と書いてあり。暫く語なく与謝野氏の好情を懐ふ。
(略)
夕刻、為替をうけとり、原稿紙と蚊やり香と煙草と絵ハガキ数枚と、外に、蕪村の句集、唐詩選、義太夫本、端唄本二冊もとめて来る。
与謝野氏へ礼状、吉井、北原、長谷川、佐々木信綱、藤條、宮崎、おこうちやんの諸氏へ葉書。
蚊帳いらずを焚いて安眠するをえたり。」(啄木日記)
8月4日
荷風の井上精一(唖々)宛の手紙
「まだ下駄がよくはけないので浴衣でぶらぶら出かける事が出来ないので困ってゐる」
「当分親爺の手前をごまかす為めに役所か会社へ出やうかと思ってゐる」(7月24日付。荷風帰国の9日後)
「日中は書いて居るので其れ程でもないが夜が実にいやだよ。何だか年寄りになった様な気がしてならぬ。何を見ても淋しい気ばかりして狂熱が起つて来ない。日本の空気ほど人を清浄ならしむる処はあるまい御釈迦様の国だよ」(8月4日)
「僕も金の工面さへつけば一日も早く長屋でも借りたい下宿でもいゝ。場所は千束町か深川本所にしたいね。家にゐても大久保だと居候見たやうで居辛くていけない。少しは食ふに困つてもいゝからもつと堕落した生活がしたい」 (8月8日)
この月以後、のちの『ふらんす物語』に所収する短篇を「読売新聞」「新潮」「早稲田文学」「新小説」等に発表。
8月6日
ロシアと樺太島日露境界確定書(4月10日調印)について境界確定事業承認に関する外交文書を交換。9月10日、告示。
つづく
【年表INDEX ①】
【年表INDEX ②】
大杉栄とその時代年表【年表INDEX ② (1903(明治36)年1月~ 1905(明治38)年12月)】
===========================
大杉栄とその時代年表(716) 《番外編》 〈漱石の四度目(最後)の京都訪問 : 漱石と磯田多佳①〉 大正4(1915)年3月19~20日 「晩食に御多佳さんを呼んで四人で十一時迄話す。」
大杉栄とその時代年表(744) 1907(明治40)年8月1日~3日 大韓帝国の軍隊解散 武装解除を拒んだ将兵の一部は丁未義兵など各地で蜂起 民間人も参加して武力による抗日運動(義兵闘争)が続く
大杉栄とその時代年表(761) 1907(明治40)年12月1日~5日 李垠(11、高宗の七男)、日本留学のため漢城発。伊藤統監同行。56年間の日本での生活。梨本宮方子と結婚。